第75話 伝える手段は一つではない
目の前に置かれた食事。
そして向かいの席にラファエル。
早く仕事が終わった、っていうか早すぎる帰還に、私は戸惑っていた。
笑顔を作れないほどに。
「ダメだよソフィア」
「………ぇ?」
「ダイエット? する必要がないからちゃんと食事取らないと」
「ぁ…」
どうやら私の昼食要らない発言が、ラファエルに伝わったらしい。
仕事の邪魔しちゃったな…
私は笑顔作るのがラファエル的には下手らしいし。
それもあって、早く帰ってきたんだろうな…
「ぅ、ぅん…ありがとう…」
「何のお礼?」
ラファエルがくすくす笑う。
まるで、何事もなかったように。
………気づいていないふり、上手いな…
本当は聞きたいこと、いっぱいあるだろうに…
ラファエルに合わせて、私も笑った。
「食事終わったら出掛けない?」
「ぇ……」
「ルイスにも許可貰ってきた。護衛の騎士はいるけど、デートしよ」
ラファエルからハッキリと、デートという言葉を聞くのは初めてだった。
私は目を見開き、固まってしまった。
「……で…デート?」
「うん、デート」
ハッキリともう一度言われ、私の頬が熱くなっていく。
今まで出掛けたことはあったけれど、ことごとく上手くいっていない。
でも、ラファエルにハッキリと言われ、今度は今までのような事にならないのではないか。
根拠はないけれど、そう思った。
「やっぱりソフィア可愛い!!」
「ひゃぁ!?」
ラファエルがいつの間にか隣に移動してきていて、抱きしめられた。
「ねぇ、ソフィア。食べさせてあげようか?」
「い、いい!! 自分で食べる!!」
「遠慮しないで」
「え、遠慮じゃない!!」
嘘でしょ!?
ラファエルに「あーん」されるって事でしょ!?
む、むりむりむり!!
そんな高度な事、私にはハードル高いから!!
す、好きな人に口を開けた間抜けな姿見せたくない!!
「はい、ソフィア。口開けて」
「やぁ!?」
思わずバッと両手で口を塞いだ。
至近距離でラファエルがいることには大分慣れたのに。
食べ物を差し出されている行動が追加されただけなのに。
どうしてこんなに恥ずかしいの!?
頬にも手が当たっているから、顔が熱いのが手からも伝わってくる。
「うわ…ソフィア顔真っ赤」
「!!」
指摘しなくて良いよ!!
笑顔にならないで!!
そんな可愛い笑顔いらない!!
口から心臓出る!!
出るから!!
「かぁわいい」
「~~~~~!!」
どうしてこの男は!!
片手をラファエルのお腹に突き出した。
………ポスッという可愛い音しか鳴らなかったけど…
パンチ弱いな私。
ついでにラファエルを睨んでみる。
「顔真っ赤にして潤んだ瞳で睨まれても、可愛いだけだよ?」
「………ば、か……」
私は恥ずかしすぎて顔を思わず俯けた。
これ以上ラファエルを見ていると、自分の熱で倒れそうだから!
久しぶりにこんな風になってしまった。
………ラファエルはズルい。
一瞬で、私をこんな風にしてしまうのだから。
「ソフィア」
「……な…何…?」
ラファエルがフォークをお皿に戻して、私を抱きしめてきた。
「もう! どうしてこんなに可愛いんだ!」
「ら、ラファエル!?」
「愛してるよソフィア」
「んな!?」
急に何言ってるの!?
「俺はソフィア以外要らない。ソフィアがいればいい。俺の宝物。可愛すぎ」
「………」
多分、私に聞かせるためじゃない。
私の頭に頬擦りしながら、無意識に呟いている感じだった。
まるで本当に宝物を愛でているみたいに。
………私は、どうしてこんな人を疑ったのだろう。
どうして不安になったんだろう。
私はただ、信じていれば良かったのに。
勝手に疑って、不安になって、でも言えなくて…
嫌われたくないから、本心を隠して…
表面を繕って…
………言わなきゃ…
「ラファ――」
顔を上げて口を開いた。
でも、ラファエルが私の唇に人差し指を付けた。
それだけだったのに、私は言葉を発せなくなった。
私が戸惑うけれど、ラファエルは微笑む。
「好きだよソフィア」
「!」
「ソフィアは?」
そっと指を離される。
「………」
喋られるようになったのに、私の声は出なかった。
唇が震える。
答えなきゃ。
………答えなきゃいけないのに…
これじゃ、ラファエルを好きじゃないと言っていると捉えられても、文句は言えない。
違う。
私も、ラファエルが好きなのに。
ラファエルはいつも言ってくれてる。
だから、私も言わなきゃいけないのに!
「っ……」
涙が溢れ、喉が熱い。
言わないと、ラファエルに嫌われてしまう。
それは嫌だ。
「………ソフィア、キスしていい?」
「!」
ラファエルの言葉に、私はコクンと頷いた。
それしか、今私の気持ちを伝えられる術がなかった。
そっと重ねられた唇が、熱い。
互いの気持ちが唇から互いへ伝わっていくようだった。
ゆっくりと閉じた瞼。
その拍子に、頬に涙が流れていった。
その流れた涙を、ラファエルは唇を離した後にその唇で拭う。
「ら、ふぁえ、る…」
喉が熱いせいで、キスの余韻のせいで、舌足らずみたいになってしまった。
恥ずかしい。
何もかもが恥ずかしい。
「可愛いソフィア。愛してるよ」
「っ………わ、たしも……」
辛うじてそれだけ言えた。
それだけの言葉だったのに。
ラファエルは綺麗な笑顔で……嬉しそうに笑ったのだった。
だから私も本当の笑顔を返すことが出来たのだった。
ごめんなさい。
ありがとうラファエル。
口に出来なかった言葉を、私は心の中で呟いた。




