第73話 感情と理性
ふと目が覚めた。
窓の方を見ると明るくなり始めていた。
………いつもより……寒い…
隣を見るといつもと違う。
何でだろう。
これを望んでいたはずなのに…
ゆっくりと体を起こす。
いつもの定位置にラファエルが寝ていなかった。
広いベッドに私だけが寝ていた。
「………ラファエル…?」
ソッといつもラファエルが潜り込んでくる場所に触れる。
「冷たい…」
何度言っても潜り込んでくるラファエルが。
いつも私が起こしてあげないと起きないラファエルが。
離してと言っても離してくれないラファエルが。
――いない…
「………やっぱり……ヒロインはヒロインって事なのかな…」
決して言ってはいけないだろう言葉を発してしまった。
バッと口を押さえても、言った言葉はもう消えない。
例え誰も聞いてなかったとしても。
私自身が、聞いてしまっている。
「………最低だ」
ただ、ライトにラファエルに近づいてた女がいたと報告を受けただけだ。
それなのに私はこんなにも気持ちが落ちている。
一晩寝ても浮上しなかったようだ。
「私は王女でしょ。しっかりしなさい!」
バチンッ!!
自分で自分の頬を叩いた。
思いっきり叩いたのでジンジン痛んだ。
けれどそんなの関係ない。
私はラファエルを信じなければならない。
私を貰ってくれると、私を手放したくないと、私を望んでくれたラファエルを疑ってはいけない。
私の唯一の人なのだから。
ヒロインと戦ってやると、思ってなければならない。
ラファエルはローズにも嫉妬してしまうほど、私を愛してくれている。
他の男と、私の影にさえ嫉妬するほど、好いてくれている。
そんなラファエルを、実際に目で見ていない私が揺らいではいけないんだ。
ラファエルが心変わりするしない、ではない。
私自身がラファエルを好きな事に変わりはない。
だから、実際にラファエルに言われた言葉を信じていればいい。
バンッ!!
ビクゥ!! っと私はベッドに座っていたけれど、飛び跳ねてしまった。
勢いよく寝室の扉が開かれたから。
「ソフィア!!」
「ら、ラファエル…?」
ドキドキしている胸を押さえながら、私は扉を見た。
ドアを開けた状態のままのラファエルがそこにいた。
「あぁぁぁぁ…」
私を見ると、途端にラファエルが崩れ落ちた。
ええ!?
「ちょ、どうしたの?」
「………寝ているソフィアも、寝起きのソフィアも見逃した……」
ラファエルが真っ青な顔をして項垂れる。
………そんな、この世の終わりみたいな顔で言われても…
そもそもあんな勢いよく扉開けたら、寝ていても起きちゃうよ…?
………多分…
「………大袈裟な…」
「俺にとっては死活問題なんだ! ソフィアの寝顔は毎日違うんだ! 寝起きの顔も毎日違う可愛さがあるんだ! 一回も見逃してはいけないものなんだ!!」
「………」
力説されても私には分からない。
毎日違う寝顔って…
毎日違う寝起きの顔って…
……私の顔って、毎日変わっているのだろうか…
………って、そんなわけないでしょ…!
「………もう一回、寝直そうか?」
余りにも悲痛な顔になってるから、突っ込みたいけど抑えて言ってみる。
「ありがたいけど、日課があるからね……」
落ち込んだ声で言われたら、何とかしてあげたいと思ってしまうから止めて欲しい…
「あ、でも抱きしめさせて」
ラファエルが途端に甘い顔になって私を抱きしめた。
苦笑しながらラファエルの背に手を回そうとしたときだった。
ラファエルの服から匂ってきた香りに気づいたのは。
――女物の香水……
信じようと…
信じていなければいけないと…
ラファエルを疑ってはいけないと…
ドクドクと嫌な音を立てる心臓。
言い聞かせてたのに。
揺らぐな。
ラファエルから直接聞いていないから。
疑うな。
ただ今ある事実だけでいい。
私は私の見た事、聞いた事だけを事実として受け止めるんだ。
そう、自分に……言い聞かせてるのに…
――なのに…
どうして、涙が溢れてくるのだろう……
ダメだ。
涙は見せるな。
ラファエルは私を好いていてくれる。
今ここにいる。
大丈夫。
感情は制御する。
私は、王女だ。
制御の教育は受けている。
ギュッと目を閉じれば涙は止まる。
揺れ動いていた感情は理性で留める。
今度こそ私は微笑んで、ラファエルの背に腕を回した。




