第70話 思ってもみなかったこと ―A side―
「な、によ……これ……」
貴族を誘惑して、親族の娘ということでランドルフ国に入国したアマリリス。
目の前に広がるのは、銀世界。
の、ハズだった。
なのに…
「今日も暖かいねぇ」
「ホントに。ラファエル様と婚約者様のおかげじゃのぉ」
「食べ物も王女様が自国から量を増やしてくれていると聞いたよ」
「もう飢えに怯えることない。ありがたや」
きちんと補正された道。
土だけれど草は綺麗に取り除かれてある。
雪の道のはずなのに。
サンチェス国のように四角く加工した石を、敷き詰めた道が作られていたりはしない。
が、歩きやすい。
人々の顔は笑顔で、王家の悪口など言っている者はいない。
「なん、なのよっ!」
ギリッとアマリリスは歯を噛みしめた。
貴族を置き去りにして走り出した。
王都を見るために。
店先には食べ物がてんこ盛りにされている。
サンチェス国のように店が並んでいるわけではない。
店、住宅、店、住宅、住宅、と統一性はないがそれでも活気に溢れていた。
どの店を通っても、愚痴など聞こえてこない。
アマリリスは路地に入り、拳を握りしめる。
誰もいないことを確認して。
ドサッと肩に掛けていたバッグを置く。
「どういう事!? ラファエルの国政はこんなのじゃなかったでしょ! 街は沈んでいて、でもテイラー国と機械提供で同盟を結べて、その収入でサンチェス国から食べ物買ってたじゃない! 店に商品が並んでるなんてあり得ない!! 食べ物は配っているはずで店は閉まってるでしょ! 雪もなんでないわけ!? 1m以上積もってるはずでしょ!?」
防寒用で着込んできた服は暑くて着ていられない。
旅用のローブを脱ぎ捨て、人目がないからドレスも平気で脱ぎ捨てた。
身軽になったアマリリスは、服を鞄に詰め肩に掛け直した。
「なんか設定が可笑しいけど、ラファエルに取り入れれば些細な事よ。早くラファエルを落とさなきゃ」
アマリリスは街に戻った。
そして一応情報収集の為にゆっくり歩きながら街の人達の話を耳に入れる。
「サンチェス国王女様はまだお披露目されないのかねぇ…」
「見回りの騎士にこの間聞いてみたけど、ラファエル様と結婚してからのお披露目になるそうだよ」
「え~。今でもいいのにねぇ」
「なんでもラファエル様が溺愛しているから、王女様が成人と認められるまで隠しておきたいらしいよ」
「あ、それ聞いたことある! 最初はラファエル様が、って言われてたんだけど、王女様もラファエル様を愛してくださっているそうよ」
「愛がなければ、この国に食を手配してくれないだろ」
「あら。王女様は愛してなくても食べ物は用意してくれたはずだって、騎士が言ってたよ」
街の人の言葉にアマリリスは怪訝な視線を向ける。
モブ王女が民を助けた?
王女など肩書きだ。
贅沢し放題の立場で、何頑張っちゃってるわけ? と。
「あ、これ聞いた? この地面からの熱気の案も王女様が立案してくださったんだってさ!」
「マジか!?」
「本当らしいわよ! 騎士の何人かが言ってたから!」
「ありがたいよな! 寒いのってこの国ぐらいだから、服の出費が他国の5倍ぐらいかかってたからなぁ」
「本当だよね。厚着しないと凍えてしまうから」
「今は1枚で事足りるし、当分は服を買わなくても良くなったしな」
「今ラファエル様がサンチェス国から比較的寒くても育てられる食べ物はないか聞いてくださってるんだろ?」
「そうそう! この国でも育てられたら民の食の足しになるだろうからって」
「ほんと、ありがたいよ」
『はぁ!? 地面からの熱気って何よ!? ランドルフ国で農業!? 無理でしょ!』
アマリリスは咄嗟に出そうになった言葉を何とか飲み込んだ。
「甘味の店も外観が段々出来てきたなぁ」
「あれは美味しかったね。服の出費が減った分で買えるから嬉しいね」
「最初に民に少量だけどお金も配ってくれたし」
「それで食べ物買って、売って。段々生活が戻ってきた。ラファエル様と王女様のおかげだ」
アマリリスはこれ以上聞きたくなく、その場を足早に去った。
ソフィアの高評価を憎く思った。
『どういう事どういう事どういう事よ!? ラファエルはそもそも同盟の見返りにエミリー・テイラーと婚約して、冷ややかな夫婦生活をするはずなのに! そのポジションを私が奪ってラファエルを愛してやってやろうと思ってたのに! ………そうよ。そもそもソフィア・サンチェスなんてモブ王女となんでラファエルは婚約してるのよ! 可笑しいでしょ!』
イライラしながらアマリリスはラファエルが頻繁に訪れているはずの店に向かった。
『あんな不細工より絶対私の方が良いでしょ! 私は美人なんだし! ラファエルもちょっと色目使えば落ちるわ! こんな高評価されるはずない女でしょ! お飾り王女! 民を味方につけるためにやってもいないことを広めてるんでしょ! そっか。そうよね! 無能王女の卑怯者。ふふ。せいぜい今はいい気になっているが良いわ』
アマリリスはそのまま去って行った。




