第68話 途中経過
最初に雪が溶けた草原を目にしてから一週間。
私は悩んでいた。
気温的には変わらずランドルフ国は冬だ。
でも、地下から熱気が上がってくるおかげで、春先みたいに過ごしやすくなっている。
だからこそ…
「………今からマフラー作ってもな……」
私は机に広げた毛糸を見てため息をついた。
せっかくラファエルにマフラーや毛糸で編んだ膝掛けを作ろうと思っていたのに…
こうなったら…
「………編みぐるみでも作ろう……」
ラファエルが王としての仕事をするようになって、近くでいることも出来なくなった。
私はまだサンチェス国の人間であり、ランドルフ国の国政の書類を偶然でも見るのはマズいため。
今更何言ってる。
と思うけど、こればかりは一線を引いておかなければ、ラファエルを蹴落としたい王族・貴族の脅しのネタになり得るから。
私は立場をわきまえ、極力姿を見られない方が良い。
今までは技術研究所に人に会わないルートを使っていたけれど、他の部屋に行くには否が応でも、他の人物に見られてしまうのだ。
だから大人しくラファエルが王の仕事をしているときには部屋で待機なんです。
で、暇つぶしにもなると毛糸を買ったのに…
50%はこの世界で初めて毛糸を見たから衝動買いしたんだけれど。
ちゃ、ちゃんとラファエルにプレゼントする前提だったよ!?
暇つぶしだなんて10%も思ってなかったよ!
………誰に言い訳してるの私…
「久しぶりだし、念のため簡単な猫とかからにしよう」
編み始めたまでは良かった。
けれど…
「………綿ないじゃん!!」
と完成間近になって思った。
ガックリと肩を落とす。
綿の代わりに布詰めれば?
と言われるかもしれないけれど…
………勿体ないのよ…
平民服用の布の切れ端なら躊躇なかったのに!
王族使用の布とか高級すぎて使えないから!!
せめてティッシュ欲しい!!
誰かティッシュ作って!!
いや、作るならいっそ綿だ!!
綿カモン!!
「羊とかいたら毛貰うのに…」
仕方ない…
これも勿体ないけど、毛糸を適当に詰めて閉じた。
「う~ん……久しぶりすぎて不格好……」
いびつに歪んだ猫がいた。
「………これも練習あるのみか…」
私は新しい毛糸に手を伸ばした。
二個目の編みぐるみが途中まで出来たとき、部屋のドアをノックされる音がした。
「はい」
ノックということはラファエルではない。
入ってきたのはルイスだった。
「ソフィア様、今お時間頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ」
対面のソファーを手で示すと、ルイスが座った。
「今現在、ソフィア様から頂いたアイデアで完了している物と、途中の物をご報告しに来ました」
「………それ、必要?」
「アイデアを出した張本人が何を言っているんですか」
「………分かった」
そういう所、本当に律儀よね…
私はまだ、ただのお客さんなのに。
「1つ目。まず熱湯を国中に張り巡らせる作業は、国の領土の3分の1が完了しました」
「………だから、早いって…」
「2つ目。甘味店支店の件ですが、比較的貯蓄に余裕がある王都の人間に対して売っていこうということになり、現在建築に入っております。最初に配った甘味が民に好評で、次はいつ食べられるかの問い合わせがあります」
「………そう」
甘味は元々私のアイデアじゃないけどね…
「3つ目。柄縫いの機械が完成しましたので、使いにテイラー国王へ売り込みに行かせました」
「………」
だから早いんだって…
「4つ目。認証式扉の運用は好調で、今のところ問題は出ておりません。なので、サンチェス国に売り込みに行かせています」
「………分かりました」
………また借金返せるね…
本当に恐ろしいよランドルフ国の人間は…
技術に関しては優秀すぎる…
「5つ目。熱湯を冷やす機械も試運転に入っております。まずは王宮の湯から。それが良ければ景色が綺麗な場所に温泉街を作ろうかと」
「………ぁぁ、採用したんだ…」
「確かに観光地はありませんが、湯に浸かる行為が体を癒やすとは、貴族以上なら知っております。他国からの来客も増大するでしょう。湯は無銭で手に入りますからやってみようということになりました」
「………分かった……報告ありがと」
「これらが完了した後に、またアイデアがないかお聞きしに来ても?」
「………思いついたら、でいい?」
「勿論です。ソフィア様がリラックスし、何気ない言葉の中にアイデアがありますからね」
………返す言葉が浮かばない。
何気なく言った言葉で、ラファエル達が反応するのだから。
ルイスは報告を終え、頭を下げて出て行った。
………次のアイデアか…
ふと机に目を向ける。
………ん?
第1号がいない!!
机の上、下、床全て見たけど何処にもいない。
え?
編みぐるみは自分で動かないんですけど…
もう一度探すも、何処にもいない。
………はぁ…
「………ホント、油断できないな…」
ルイスが出て行くとき、手に何かを持っていたように見えたのを思い出す。
「………不格好猫が攫われた……」
もしかしなくても、ラファエル元にソレは行くだろう。
今私が何をしていたかの、報告のために。
持って行くのは良いけどさ…
どうせなら綺麗な物を持って行って欲しかったな。
私はため息をついたのだった。




