第679話 いつもの光景② ―A side―
食事を終えたラファエル様を姫様達と見送った。
そして姫様は身体が冷えぬようにと、騎士達に任せて送り出した。
私はここの片付けだ。
いつもいつも、お2人は食事を残すことなく、完食してくれる。
作った立場としては嬉しすぎる。
カートに食器を乗せ、机を綺麗に拭く。
汚れ1つないように隅々まで確認する。
こういう事を怠ると、後に消えないシミになるのよね。
特にここの机と椅子は木で出来ているから尚更。
外観に合わせて、あえて木で作っていると聞いた。
「………よし」
布巾もカートに乗せ、王宮内へと戻る。
カラカラと音を立てるカートだから、当然他の者の耳にも入る。
こちらを見てすぐに作業に戻る侍女もいれば、私を睨みつける侍女もいる。
睨みつける侍女の思惑には興味は無いけれど、以前に言葉も水やらも浴びせてきた侍女達の全てが王宮から追い出されたわけではない。
ジェラルドの名前は役に立って、私に危害は加えられなくなった。
――とは、残念ながら断言できないのが辛い。
ジェラルドの耳に入らなければ、と軽い考えの者もいるのだ。
オーフェス様みたいな見目麗しく、完璧騎士ならばまだしも、ジェラルドだから…
ジェラルドの頭は軽いと、残念ながら浅はかな考えの者達もいるのだ。
「………あれ見て」
「………ぁぁ、図々しいのがまだ偉そうに歩いてるわね」
………図々しいのはどっちだと言いたい。
あっちはただの侍女。
こっちは見習いでも姫様付きなのだ。
どっちが立場が上か――っと、これ以上は考えてはならない。
私は姫様の侍女見習い。
こんな些末なことに一々反応してはいけない。
なにより、そんな考えは前の私と同じだ。
自分の方が立場が上なのだから、何をやっても構わない。
姫様の傍にいて償うと決めたのだ。
そんな考えが浮かぶなど、まだまだ私は未熟だ。
私は罪人。
なのに受け入れてくれた姫様の役に立つ。
それだけを考えるんだ。
――ベチャッ
………そう。
例え掃除した後の雑巾を投げられようが。
――ビチャッ
………そう。
わざと進路方向にバケツを倒され、汚れた水をまき散らかされようが。
「………」
………我慢、必要かなぁ?
キレていいかなぁ?
………いやいや!
姫様の評判に関わる!!
姫様付きの侍女見習いが、こんなちゃっちぃ嫌がらせに一々目くじらを立てるなど。
………というか、この道って、ラファエル様も姫様も勿論使用するのに。
この状況を見られるとは考えられないのだろうか?
「アマリリス」
ハッと顔を上げる。
すると前方に見知った姿があった。
「ひ、姫様!?」
慌てて私はカートを避け礼をした。
周りにいた侍女達も慌てて頭を下げる。
………ぇ?
姫様が何故ここに!?
私より遙か前にお部屋に戻られたはずですよね!?
「………先程より汚れているわね」
姫様が私の前に出来ている水溜まりを見ていた。
………ぁぁ……心配していた矢先に……
「申し訳ございません。すぐに片付けます」
「アマリリス。貴女の仕事じゃないでしょう」
「わたくしの仕事でございます! 姫様の前にある障害を全て排除し、快適にお過ごし下さるよう整えるのが侍女の役目です」
ハッキリと姫様の目を見て言うと、姫様がジッと見つめてきた後にフッと口角を上げた。
「貴女の仕事は掃除より他のことよ」
「なんでしょう」
「お部屋に花を飾りたいの。庭園から取ってきて下さる? 掃除など、満足に出来ないそこらの侍女らにやらせればいいのです。注意力散漫で、自分で足を引っかけたのだから、当然よね? まさかわたくし付きの者に尻拭いをさせるような、そんな愚かな王宮侍女などいりません。だって、そんな者を雇っているだなんて、ラファエル様が恥ずかしいでしょう?」
姫様の言葉に顔を青くする侍女数名。
………ぁぁ、見てたのか……
私は侍女達から視線を外し、心の中で失笑する。
青くなるなら最初からやるなよ。
「畏まりました。姫様に似合う花を摘んで参ります」
「よろしくね。食器はそこの貴女、片付けてきて下さいな」
「は、はい!!」
指名された侍女は声を裏返しながら返事をした。
姫様はそのまま踵を返し、姿が見えなくなってから急いで彼女らが床掃除をし出した。
………だから、焦るぐらいならやるな。
私もその場を後にしながら、呆れかえった。




