第67話 新たな火種の前触れ
「はぁ……はぁ…」
暗闇の中、森の中を走る人影。
息を切らしながら、足を縺れさせながら。
「ぁっ……」
木の根に足を取られて、その場に倒れ込んだ。
体中に傷が出来る。
けれど気にせず前を向く。
前だけしか今は見えない。
怪我など気にしている暇はない。
拳を握る。
「ど、して私がこんな事にっ……」
唇を噛み締める。
「何なのよ、アイツ!」
森の中には獣の気配ばかり。
けれど、今はこの森を通るしかない。
逃げるためには。
「牢番を誘惑して出てきたは良いけど、これからどうするか」
ゆっくり起き上がって、そして立ち上がる。
「私をこんな目に遭わせたモブ王女。絶対に許さないんだから」
暗い森の中を走っていたのは、アマリリスだった。
牢に入れられてから、男爵家から除名され、平民落ちした。
けれどアマリリスには関係なかった。
相手の家に入れば良いと思っているから。
地位なんて男を誘惑すればすぐに手に入る。
牢番から奪った金品もある。
当分の食に困ることはない。
「問題はどうやってモブ王女に近づくかよ」
顔もバレている。
ラファエルにも。
そしてランドルフ国に行くには国境で身分証明書を提示しなければならない。
国境の兵士は王家のモノ。
あの王と王妃がアマリリスの手配書を出さないなんて事はないだろう。
顔を変えなければ、変装しなければ、サンチェス国から出られない。
「でも、やってやるわ」
自分をこんな目にあわせた女に復讐。
それが今のアマリリスの目的だった。
それ以外今はない。
「あの女はラファエルに夢中らしいし、奪ってやる。ラファエルも私みたいな美人に言い寄られて、惹かれないわけないもの」
自分に絶対の自信を持っているアマリリスは、問題ないと思っている。
どれだけラファエルがソフィアを好きか知らない。
どれだけ大事か知らない。
両者とも権力を持つ人物。
アマリリスが持っているものは、唯一ヒロインである美貌のみ。
ソフィアに勝っているところはそれだけだ。
けれどアマリリスは勝てると思い込んでいた。
ここはゲームの世界であり、自分が主人公。
思い通りにならなかったことなど、ソフィアと対峙していたときだけだった。
ソフィアという存在があるからこそ、上手くいっていないことに、アマリリスは気づいていなかった。
邪魔者である、バグであるだろう存在を認めなかった。
だからこそ、牢を脱し今ここにいる。
「適当にその辺の貴族落として、国境を抜けようか」
アマリリスに魅了などの能力はない。
あるのは美貌。
これで周りを今まで落としていた。
思い通りになっているこそ、やりたいことを実行してきた。
そしてこれからも変わらない。
アマリリスは笑みを浮かべたまま、森をまた走り出した。
彼女は、初めから前世の記憶を持って生まれてきた。
だから周りを利用し、陰で体力作りも欠かさなかった。
前世の自分と同じように動けるように。
軟弱な体で自分の思い通りに行動できないから。
「欲しいものは全てもらう。この世界は私のモノよ」
ソフィアに計画を邪魔され、レオナルドとのハッピーエンドを迎えられなかった。
この国の王妃になれなかった。
更にレオナルドは平民落ち。
これではレオナルドと一緒になっても平民。
贅沢な生活を期待して、バカ王子を落としたのに。
王妃になれないならレオナルドはもう用済み。
サブキャラでの推しはレオポルドとラファエルだった。
レオポルドは既婚者。
このゲームの設定は一夫一妻。
奪うことは最悪死罪。
ならばラファエルしかいない。
「パーティはモブ王女に邪魔されてラファエルに近づけなかったもの。ラファエルが視察に出ている時にちゃんとモノにしなきゃ」
アマリリスはラファエルの設定、番外編、全て覚えていた。
何処に行けば遭遇しやすいかも知っていた。
アマリリスは口元に笑みを浮かべながら、森の中を走り去っていった。




