第61話 私にとっての怖いこと
テイラー国に私はラファエルに連れてきてもらった。
ラファエルが仕事中は宿から出ないようにと約束させられた。
勝手に動き回って、テイラー国の王族に知られたら嫌だから、と。
私は大人しく背後で影の侍女達に見張られながら、窓から町並みを眺めていた。
ランドルフ国ともサンチェス国とも違う。
ファッションの最先端の国。
そう呼ばれるのが相応しい、煌びやかな国だった。
道沿いに面しているところは、全ての店がガラス張りのショーウィンドウ。
服や鞄など、貴族にはたまらない国だろうな。
私は別に興味ないけれど。
王女として着飾らないといけないのは分かっている。
でも、それは公の場だけであって、普段まで着飾ろうとは思わない。
ランドルフ国の状態もあるけれど、元々物欲が薄い方だし、服も着られれば良いぐらいにしか思っていない。
むしろ、ジャージなどの軽装が好ましいと思っている。
絶対に口に出せないけれど…
それよりも、っと…
宿から見える店には、目当ての品は見当たらない。
まぁ、豪華な宿をとってるからそれ相応の店の並びなんだろうけど…
う~ん…
街を歩きたい…
そもそもラファエルと一緒に買い物は出来ないんだよね…
物が物だけに…
仕方ない…
私は影の侍女達にバレないように、手を動かした。
すると天井から気配が一つ消えた。
どうやら伝わったようで、私は一息つく。
「ラファエル様はいつ戻りますか?」
「夕刻にはと伺っております」
「そう」
あと4・5時間ってとこかな……
店閉まっちゃうじゃん…
ため息を飲み込む。
彼女たちには本性バレてるけど、一応、ね。
「お茶はいかがですか? サンチェス国王女様」
………ここでもその呼び方なんだ…
何処からバレるか分からないんだから、こんな時ぐらいは違う呼び方をして欲しい…
騎士が扉の所で立っているけれど、他国ということで警戒はする。
ラファエルがいない以上、不安なのもある。
早く帰ってきて欲しいな…
「………頂くわ」
私はソファーに座った。
お茶を飲みながら私はどう買い物に行くかを考えていた。
でも結局ラファエルが一緒じゃないと宿も出られないんだよね……
今店の場所を探ってくれてるから、ラファエルにそれとなく離れてもらうしか…
う~ん…
私は頭を悩ませるが、結局ラファエルは一緒に来るだろう。
内緒は無理か…
後で煩そうだし…
嫌なわけじゃない。
今は内緒にしたいだけ。
それにしても、テイラー国に来ることをあっさり了承したと思えばこれ。
来れたのは嬉しいけど、宿から出られないのでつまらない…
買い物目的出来ている私にとっては。
でもラファエルは仕事をしに来ている。
私の我が儘を通すわけにはいかない。
結局この結論に達して、前の思考は捨てた。
大人しく待っていよう。
そうやって油断していたのは事実で。
騎士の交代時間で、騎士が入れ替わった。
見覚えがない顔だったけれど、護衛を増やすとラファエルが言っていたから、特に気にしていなかった。
影の侍女にお茶のお代わりを頼み、私も影も騎士から目を離した。
「サンチェス国王女! 覚悟!!」
その時、騎士が襲いかかってきた。
剣を抜き、身構える暇もなく目の前にもういた。
「姫様!!」
カゲロウの声が聞こえた。
でも、目の前に迫る剣から目を離せなかった。
ガッと体を強い力で押され、ソファーに押し倒される。
キンッと頭上で金属がぶつかり合う音が耳に入ってきた。
そこでドクドクと心臓が痛いぐらいに鳴り始めた。
な、にが……起きた、の?
今目の前で起きたことが信じられなくて、私は体も顔もソファーに埋めたまま、目を見開いていた。
瞬きすら、出来なかった。
ドサッと何かが床に倒れる音がしたとき、漸くハッと顔を上げることが出来た。
「姫様まだ顔上げないで」
カゲロウに言われて顔をまた伏せた。
こういうことは、カゲロウ達の方がいい。
声色がいつも通りだったので、私を襲ってきた騎士の対処はされたのだろう。
………命を奪うことによって。
部屋に血のにおいが漂ってくる。
乱れていた心音、息が普段通りになって来た頃、漸くカゲロウの許可が出た。
ゆっくり顔を上げると、血の匂いはするものの、亡骸も血の跡も何もかもなかった。
一体どういう処理をしたのかは分からなかったけど、それを聞く必要はない。
「大丈夫? 姫様」
カゲロウが覗き込んでくる。
「………ぇぇ…」
「何処の者かすぐ調べる。ライトも戻ってきてるから、行ってきてもいい?」
「………ん…」
コクンと頷くとカゲロウが消えた。
「サンチェス国王女様…」
「その呼び方でバレた可能性もあるから止めて! 呼ばないで!!」
乱れた呼吸は戻ったけれど、乱れた心までは整っていないようだった。
強く言うつもりなど、なかったのに。
「ごめんなさい。私の影がいるから今は出て行って」
影の侍女を追い出し、私は床にペタンと座り込んだ。
………無性に今、ラファエルの顔が見たい…
私は座り込んだまま、手で顔を覆った。
背後に立つ人物の気配を感じたけれど、顔は上げられなかった。
「………ごめんライト……せっかく店調べてもらったけど……行けないと思う……」
「これからも出掛ける機会はありますよ」
「………ぅん……」
………終わってしまったと思った。
私の第二の人生が…
…でも、生きてる……
「………怖かった……」
震える体を両腕で抱きしめる。
怖かったのは、殺されかかったことじゃない…
私が怖かったのは……
――ラファエルと結婚できずに死んでしまうこと…
――ラファエルともう一緒にいられなくなるかもしれなかったこと…
――ラファエルに……会えなくなること……
だった――




