第60話 言葉って難しい
「足りない」
あれから数日後のティータイム。
ラファエルと庭で景色を見ながら優雅にお茶を飲んでいた。
そして突然ラファエルが言った。
「………何が?」
さっきまで他愛ない話をしながらのんびりしていたのに。
脈絡のない言葉に、私は一瞬固まってしまった。
辛うじて聞き返せた私は思わず自分を褒めた。
「ソフィアが」
「………」
いや、この人何言ってるの…
今度こそ私は固まってしまった。
「ルイスめ…仕事入れすぎなんだよ。俺じゃなくてもルイスで事足りるような事まで押しつけて来やがって! なにが“充分休暇を楽しんだでしょう”だ! 俺はランドルフ国も大事だが、ソフィアが一番なんだ!!」
「………」
「ソフィアの添い寝の時間も削りやがって!!」
「………」
いや、添い寝は私からしてるわけじゃないからね?
ラファエルが勝手に潜り込んできてるからね?
そもそも国立て直さなければ、ゆっくりも出来ないからね?
ラファエルも分かっているんだろうけど、不満が溜まってるんだろうな…
休暇中、一緒にいる時間が長かったから、離れたくないんだろうな…
これは女としては喜ぶべきだろう。
でも、王太子の立場的にはダメだと諫めないといけないよね。
………この場合、今は休憩中だから同意すべきなのか、否定すべきなのか…
どうしたらいいんだろう…
「ソフィアもそう思うだろ?」
「………」
ヤバイ。
振られたぞ…
どうしようか…
周りに控えている影の侍女に視線を送るも、当然答えなど返ってこない。
何処かに潜んでいるライトも、見えたとしても答えなどくれないだろう。
「私は、仕事頑張っているラファエルが格好良くて好きだよ」
「よし、仕事頑張ってくる」
素早く立ち上がるラファエル。
単純すぎでしょ!?
まだ休憩終わってないよ!!
休憩時間にラファエルを返したらルイスに小言もらってしまう!!
ルイスは仕事は仕事、休憩は休憩できちんと取らせる人だ。
何だかんだ言っても、ラファエルを大事に思っているのだ。
口に出さないだけで。
「で、でも、休憩中にラファエルが私に会いに来てくれるから、それも嬉しいよ」
「うん、じゃ、休憩時間はソフィアと一緒にいる」
………な、なんて扱いやす――ごほん。
ひょいっと持ち上げられて膝に座らされる。
――ちょっと待って!!
何これ!?
「ちょ、ラファエル!?」
「ん? 何?」
うわぁ…
良い笑顔返されました。
「な、何でもない…」
もう慣れた為、心臓は高鳴るけど頬が赤くなるのはなくなった。
喜んでいい事なのか分からないけど…
「そ、そうだ! ラファエルは今度いつ休み貰えそう?」
「ん?」
「私、欲しいものがあって、テイラー国に行きたいの」
「テイラー国に? そうだな…」
縦ロール王女にされたことを思えば許可されるのは難しいだろうけど…
でも、行きたかった。
あちらでしか手に入らない物があるから。
「一月後ぐらいにテイラー国へ招かれているから、一緒に行く?」
「え、いいの? 公務でしょ?」
「いいよ。護衛増やせば良いし」
「あ、ありがとう!」
「お礼は口づけが良いな」
「ハードル高いから!!」
ラファエルへのお礼は私には難しい。
私があわあわすると、ラファエルが笑う。
からかわれていると分かっても、反応してしまう。
多分、それがラファエルにとって楽しいんだろうな。
「――丁度良い」
「………ぇ?」
「何でもないよ」
………何でもないって…
丁度良いって聞こえたよ…
何か企んでいるのだろうか…
こ、怖い…
そう思ってしまい、また聞くことは出来なかった。
「そうだソフィア。明日食べて欲しいものがあるんだ」
「え? 何?」
「新しい甘味。昨日思いついて、今日部下達に試食させて旨いと言ってたからね」
「え……」
ラファエルの言葉を頭で反芻し、私はプクッと頬を膨らませた。
「………ラファエルの新作甘味、一番に食べたかった……」
私より先に食べた人がいると知って、何だか嫌な気分になった。
それが嫉妬だと分かったときは、顔を覆いたくなったけど…
「え!? ご、ごめん! 不味かったらソフィアに悪いと思って!」
「………別に、いいもん…」
焦るラファエルに悪いこと言ったと思って顔をそらした。
ダメだ。
私、子供っぽい。
ちゃんとしなきゃ!
こ、こんな事で拗ねる私じゃないでしょ!!
しっかりしろソフィア!
「ごめんって! 次からは一番にソフィアに食べてもらうから!!」
「だから別にいいって。気にしないで」
私は微笑んで言った。
いつも通りの私だったはずだ。
なのにラファエルは顔を真っ青にした。
………ぇ、なんで…?
「な、何でもするから! ソフィアの言う通りにするから!! だから嫌わないでくれ! 怒らないでくれ!!」
………な、なんで嫌うとか、怒るってなるんだろうか…
「………別に怒ってないし、嫌うことでもないでしょ…?」
「………ホントに怒ってない…?」
「うん」
「ホントに、嫌わない…?」
「うん」
ラファエルの言葉にコクンと頷くと、ラファエルはホッと息を吐いた。
………なんでそんなになっているのだろうか…
私、いつも通り、だよね…?
結局ラファエルが慌てた理由は私には分からなかった。




