第597話 感情と理性 ―R side―
「ソフィアの様子は?」
ソフィアの部屋の扉を開き、寝室へと向かいながら待機していたソフィアの騎士らに問いかける。
勝手知ったるなんとやら。
俺は迷いなく歩いて行く。
慌ててブレイクとドミニクが礼をするが、オーフェスとヒューバートが俺の前を誘導するように移動してくる。
そのまま前を歩き寝室の扉を開きながら説明してくれる。
「3日間、眠り続けています」
「寝息も浅く、注意してみていなければ亡くなっているように見えます」
音もなく扉が開き、ソフィアの寝ているベッドの傍に、看病のために座っていたソフィーが立ち上がる。
逆側に回り込んでソフィアの顔を覗く。
「………うん、顔色はあんまり良くないね」
頬に触れると暖かい。
確かに寝息も注意しなければ聞こえない。
俺は前にこの状態のソフィアを見ているから、それ程動揺はない。
心配なのは変わりないけれど。
けれど俺がここで取り乱したらソフィアの騎士達が、なによりレオポルド殿が更に落ち込むだろう。
それはソフィアが望まない。
それぐらい分かる。
「眷属達、ソフィアの中に入ってソフィアの体力回復させて」
言うと俺の手を介して精霊達が移っていくのが分かる。
移動が終われば手を離した。
今の俺にはユーグがいれば事足りるだろう。
「そんなにビクビクしなくても咎めたりしないよ」
慣れていないブレイクとドミニクが、顔色真っ青で俺の顔色を窺っている。
ソフィアを止めきれなかったことは、レオポルド殿が加勢した時点で無理だ。
そしてなにより2人はサンチェス国の王族だ。
民を守るための手段があるのなら、迷わず実行する。
俺がいようといなかろうと。
だからこれは起こるべくして起こったことだろう。
それでも自分の身体を顧みず、実行して倒れたことだけは咎めないとね。
実行するのはいい。
それが力を持っている王族だ。
間違ってはいない。
但し、自分の力量以上に力を出して倒れることとは別問題。
自分の力で出来ることだろうとも、倒れていいはずもない。
自分の力量を推し量れなかったソフィアを注意しないと。
ソフィアの精霊達もこれ以上はダメだと、止めてくれれば良かったのに。
「触った感じ熱はなさそうだね」
「はい」
「何かもらしてる?」
「いいえ。静かに眠っておられるだけです」
「そう。魘されたりはしてないということだね?」
「………」
すぐに答えていたソフィーの言葉が止まった。
………魘されてはいた、と。
「言葉は出ないけど、魘されてるのか…」
「………はい。けれどお声をおかけしても、少し触れさせていただいても、起きられません」
「そう………もし俺がいない時に魘されてたら呼んでくれる? 俺は少し席を外すよ。サンチェス国王に面会を求められるか聞いてくる」
「畏まりました」
俺はソフィアの頬をまた一撫でし、ソッと離れた。
「ブレイク、ドミニク」
「「は、はいっ!」」
隣室で硬直していた2人に声をかける。
………かける前に寝室の扉を閉めて正解だったか…
主が眠る部屋の前で大声で返事をするな。
「アルバートとジェラルドを連れてきている。少しの間――サンチェス国にいる間だけ交代だ。他の連れてきている騎士達の統率に戻れ」
「し、しかしっ」
「そんな顔色悪くて勝手が分かっていない臣下がいても、邪魔になるだけだ」
容赦なく言い放てば2人とも息を飲んだ。
「っ……は、い……」
「分かりました…」
俺と共に扉に向かい、扉の向こうに立っていたアルバートとジェラルドに、クイッと顎で中を示し、ブレイクとドミニクを連れてその場を後にした。
ソフィアの部屋から離れてようやく壁を殴っていいかな、と思ったけれど実行はしなかった。
後ろにいる2人にこれ以上余計な感情は抱かせない。
俺も王族だ。
ソフィアの行動も分かって――理解している。
でも理性と感情は違う。
今は理性が勝っていて、でも何かの拍子に抑えきれない感情が爆発しそうだ。
………ぁぁ……マジュ国の魔導士が帰る前に、1発殴らせてくれないかなぁ…
誰のせいでこんな事になっているんだと、責め立てたい。
ソフィアをつけ回すぐらいなら、マモノ退治を本気でやれただろう。
ソフィアが倒れる原因を作ったのは、サンチェス国へ派遣された魔導士のせいだ。
………よし、ガイアス殿が帰ってきたら許可を貰おう。
1つ頷いたところで浮上し、いくらかマシな気分で王の執務室へと足を向けた。




