第595話 暗闇の中で
暗闇。
まず思ったのはそれだった。
私は、一体何をしていたっけ…
右を見ても左を見ても後ろを見ても真っ暗だ。
自分が何処を向いているかも分からない、まったく方向が分からない。
これが夢の中なら、精霊達に会えるはずだけど…
あの真っ白な空間はない。
取りあえず1歩足を踏み出した。
つもりなんだけれども、真っ暗だから本当に進んでいるのかは分からない。
「光精霊、辺りを照らせる?」
問いかけたけれど、返ってくる声はない。
………どうしよう…
取りあえず自分の感覚では歩いている。
だから進んでみようとそのまま歩いた。
足に何か当たることもなく、ただただ暗闇なだけ。
………心細い…
「………ラファエル…」
返ってくる声はないと分かっていても、呟いてしまう。
歩きながら私は覚えている事を思い返してみる。
私は現在サンチェス国にいるはずだ。
そして魔物の残党を見つけるために究極精霊に力を貸してもらった。
「その途中、倒れたんだっけ…?」
お兄様の腕に抱き止められたはずだ。
どうせならラファエルの腕の中で眠りたいと思った記憶がある。
「………やっぱり私は眠っている、のよね…?」
じゃあ、ここは部屋?
それにしては月明かり1つもないのは可笑しい。
物に当たらないのもありえない。
足を止め、もう1度辺りを見渡すも、変わったことはない。
――と思ったけれど、何かがぼんやり見えた。
………あれは…
「ラファエル!?」
体格といい身長といい、人の形をしたそれは、ぼんやりとした光を纏っていた。
そしてそれは背を向けて私と距離を空けるように歩き、去って行きそうだった。
「ま、待って!!」
私は慌ててその背を追いかけた。
けれど、どんなに走っても距離が縮まることがない。
なんで!?
あっちは歩いていて、こっちは走っているのにっ!
本物である可能性は限りなく低い。
けれど、追いかけないという選択はなかった。
だって、唯一の手がかりなんだもの!
手を伸ばし、少しでも距離を縮めようとしたその時――
「………な、んで……」
ラファエルらしき男の隣に、1人の女がいた。
男に向かって笑いかけ、男は女を見下ろし、口元に笑みを浮かべた。
その横顔は間違いなくラファエルで、そして女は――……
徐々に近づく2人の顔。
「止めてっ!!」
例え幻のラファエルだろうが、本物だろうが、それだけは嫌だ!
「私のラファエルに触るなっ!!」
叫んだ声は震えていた。
すると女がこちらを向き、唇が弧を描いた。
ゆっくりその唇が動く。
読唇術なんて出来ない私でも理解できるぐらい、本当にゆっくりと。
「 」
その女の言葉と共にラファエルがこちらを向いた。
ハッとして見ると、その冷たい瞳に私は凍り付いた。
「 」
ラファエルの声で言われた言葉は、私の立っている力をあっけなく奪った。
分かってる。
ラファエルはそんなこと言わない。
そう思っているのに。
信じているのに。
私はその場に崩れ落ちた。
いつもの私なら、絶対に食い下がったはずなのに。
ガタガタ震える身体。
両腕で抱きしめる。
どうしちゃったのか。
いつもの私じゃないと分かっているのに、身体がいうことを利いてくれない。
私はその場に倒れ込んでしまった。




