第584話 紛れ込んでいるようで
ガラガラと馬車が走る。
途中の街で馬車を調達してくれたオーフェス。
まったく文句の出ない手際の良さで感心する。
優秀だね。
そりゃそうか。
オーフェスはあのアルバートとジェラルドの手綱を長い間握り、自ら隊長として部下を率いていたのだから。
それはそうと……
私はチラリと馬車の外――窓の向こうを見た。
馬車と併走している馬に乗ったオーフェスの向こうに、あの巨体の兵士の姿が見える。
………何処までついてくるのだろうか。
さっさと元の場所に戻りなさいよ。
まだお父様はあの場所にいるだろうし、命令を遂行できない兵士は不要と言われるわよ。
『主』
『………何』
『あの者、何か違和感があります』
『………違和感…?』
私は窓から視線を離し、眉を潜める。
『はい。気配が希薄――いや、二重……違う……?』
ブツブツと自分の思考に入って行く精霊を余所に、私は考え込む。
あの巨体で存在が希薄とな……?
「………もしかして…」
『………主?』
あ、おかえり。
思考から戻ってきたみたいね。
『………もしかしたら、魔法で紛れ込んでいるのかもしれないわ。マジュ国の魔導士が』
『………そう言われれば、ランドルフ国で使っていた魔法に似た違和感があります』
『魔導士を見かけないと思ったら、我が国の兵士に魔法で紛れ込んでいる可能性があるわね。彼1人とは思えない』
『見張らせている精霊に注意するよう促します』
『よろしく』
気配が1つ消えるのを感じ、改めて今度は横目であの巨体の男を見る。
彼らには未知の力となる私の精霊の力を目の当たりにして、その秘密を知ろうとしているのだろうか。
もしそうなら…
………そんな事をする前に、魔物の対処をしろよ。
自国の責任でしょうが。
「オーフェス」
私は馬車の窓からオーフェスを呼ぶ。
「はい」
すぐ隣にいたオーフェスはすぐに気付く。
手招きすれば、顔を寄せてくる。
近づいたオーフェスの耳にソッと私は囁いた。
あの兵士が魔導士ではないかということ。
そして魔物を放置して、私達に処理を任せているだろうこと。
自国の責任を取っていないこと。
オーフェスの表情が一変した。
普段の無表情が一転、殺気溢れる顔になった。
「ちょ、オーフェス!」
「っ……失礼致しました」
すぐさま無表情に戻るオーフェスはさすがだ。
「向こうにいる兵士達は精霊に見張らせているわ。貴方は彼に注意していて」
「分かりました」
スッとオーフェスは離れて行く。
本来なら王族と話をしている者から離れるもの。
けれどあの兵士はさっきより近づいている気がする。
どうにかして話を聞こうとしているのだろう。
それによって、ますますあの兵士が魔導士だという確信に近づいている。
オーフェスも気付いたようで鋭い視線を向けた。
「無礼者! 王族のお言葉を聞けるのは求められたものだけだという常識も知らぬのか!」
おっと…
ヒューバートがオーフェスと兵士の間に馬を割り込ませた。
ナイスヒューバート。
ここにも出来る騎士がいた。
「え……あ! す、すみません!! ボーッとしていて馬が近づいてしまっていました!!」
………嘘つけ…
ボーッとした奴があんな鋭い視線でこっちを見るか!
私の予測を聞いていないヒューバートも違和感を持ったようで、瞳が鋭くなっている。
「お前は馬車の後をついてこい!」
私の騎士らに睨まれた兵士は、大人しく後方へと下がった。
「………ソフィア様も警戒を怠らないようにしてください」
「分かってるわ」
事情を伝えたオーフェスがヒューバートに目配せし、後方へと下がった。
代わりに今までオーフェスがいた場所にヒューバートが来る。
「………」
気になっているだろうにヒューバートは何も聞かずに前を向いている。
………本当に優秀な騎士達が私についていてくれて有り難い。
私はソッと背を馬車の中の背もたれに預けた。




