第580話 ビックリさせないで
魔物達が水精霊に群がり、精霊を見たことのない兵士達は唖然と水精霊を見上げている。
まだ魔物は全て片付けていないのだから、油断しないで欲しい。
『水精霊、中から外に出るのにはどうしたらいい?』
『主に敵意がない者は普通に水の壁を素通りできます』
『分かったわ』
水精霊の言葉に頷き、私はお兄様を見上げる。
「お兄様、ここから出てお父様を連れてきてくれないかしら?」
「親父を?」
「正確にはお父様の精霊を。丸裸にされた食物を生き返らせるには、私の精霊では無理でしょうから」
土は土精霊に、木は木精霊で回復はさせられると思うけれど、食に関してはお父様の精霊でなければ無理だろう。
「………成る程ね。分かったよ」
「お兄様がここ出るのは普通に通れるらしいから。兵士に行かせてもいいのだけれど、兵士に「お父様に言って精霊を連れてきて欲しい」と伝言してきて、なんて言えないでしょう?」
「だね。行ってくるよ。何人か護衛で連れて行くね。影では王宮で姿表せないから」
「普段兵士を連れているお兄様が1人で歩いてたら逆に目立つものね」
「うん」
お兄様は何人かの兵士を連れて、水のドームから出て行った。
『土精霊、木精霊、兵士達の目が水精霊に向いている間に、一帯の田畑の土と木を元に戻して』
『了解』
『分かりました』
気がつかれないいように土精霊と木精霊が出て行く。
『火精霊はここ以外に田畑が荒らされていないか見てきてくれる?』
『分かった』
火精霊の気配も消え、私は改めて水精霊の方を見た。
魔物達は簡単に水精霊の水で消滅していっている。
………サンチェス国の同盟国は大丈夫かしら…
サンチェス国のこの状態、マジュ国の魔導士派遣はどうなっているの…?
まだ着いていない?
そんなはずは……
『ソフィア』
いきなり頭に響いた声に、ビクッと身体が跳ね上がる。
「ソフィア様?」
「何でもないわ」
笑って言うけれど、心臓がばくばくと煩い。
だ、だだだだって!
いきなりイケメンボイスが頭に聞こえたら腰抜かしてしまうでしょう!?
『くすくす』
『わ、笑わないでよっ!!』
笑う声まで聞こえてきて、私の顔が赤くなりそうだった。
『ごめんごめん。これやると、ソフィアの考えまで流れてくるんだなぁって思って。今まで試さなくて損した』
『全力で忘れてラファエル!!』
私の頭の中に聞こえた声の主はラファエル。
どうやっているのか分からないけれど、多分精霊の能力を使って私に声を届けているのだ。
『光の精霊なら声を届けられるらしくて』
『光の精霊で…?』
『うん』
………電気の応用……?
いや、それなら雷の精霊だよね…?
ん?
てことは雷精霊でも、もしかしたら風精霊でも出来るかも…?
風に声を乗せて、とか……
『出来るかもね』
………ぁ……ラファエルは私の考えを今読める――というか聞こえてしまうんだった…
『って、それどころじゃなかった! どうしたの?』
『ああ、うん。もうガイアス殿がこっちに合流してね』
『………え!? もう!? だってマジュ国まで往復するのはどう頑張っても7日以上かかるでしょ!?』
『なんかテンソウマホウ? っていうのがあるらしくて、知ってる場所ならひとっ飛びらしい』
………てんそう……?
………………転送魔法か!
え!?
そんなんできるの!?
………召喚魔法が出来るなら出来ても不思議じゃないか…
『こっちは俺に向かってくる魔物をおびき寄せられてて、数を少しずつでも減らせてる。ガイアス殿が改めて部下を連れてきて、その部下が魔物の位置と数が分かるマホウを使えるらしくて、後魔物は100ぐらいだって』
『凄いね』
『サンチェス国の方はどう?』
『………っ』
『ソフィア?』
思わず言葉を飲み込んでしまい、フルッと首を横に振った。
『………サンチェス国は酷いよ』
『え……』
『国境を越えてすぐの場所は、田畑が見渡す限り丸裸…』
『………っ!?』
ラファエルが息を飲むのが分かり、私は下を向く。
『木々になる食べ物さえ全部食べられてる。今襲ってきている魔物は水精霊に対処してもらってて、あと田畑の土は土精霊に。木々は木精霊に任せてるけど、お父様の精霊で何処まで食物を生き返らせることが出来るか分からない……』
『………そう』
グッと胸の前で拳を握る。
『それと疑問があるの』
『なに?』
『………サンチェス国にマジュ国の人がいる気配がないの……』
『え? でもガイアス殿は各国にマジュ国の魔導士を派遣しているって言ってたよね?』
『うん。でも今のところは見当たらないし、お兄様もマジュ国の人の話はしてくれてないから、いないのかも…』
『………分かった。ガイアス殿に聞いてみる。魔物の数が0になった時点で俺もそっちに行くから』
『分かった…』
それ以降ラファエルの声が聞こえなくなり、ふぅっと息を吐いた。
………とにかく、サンチェス国を救わないと。
私は魔物を全て倒して降りてくる水精霊に向かって手を伸ばした。




