第58話 新しいアイデア思いつきました
縦ロール嬢……ごほん……失礼しました。
エミリー・テイラーにラファエルの婚約者を止めろと言われました。
相手も王族だし穏便に済むならそうしたいけれど、こちらの話は聞かない上、一方的に言われるとカチンとくる。
どうしようかと考えていたとき、エミリーの後方から見知った顔が見えた。
視界に入ったとき、思いっきり嫌そうな顔をしていたけれど。
それでテイラー国王女に話しかけないでよ…?
そう願うと、その人物はいつもの顔に戻った。
私の視線の意味が分かったのか、自分を律するのが上手いのか、どちらかは分からないけれど。
「こちらにおられましたかエミリー様。テイラー国王が探しておられましたよ」
歩いてきた人物は、ルイスだ。
ラファエルは国王の相手か。
本来ならルイスがランドルフ国王の影武者として表舞台に立っているはずなのだが。
ここにいるということは、謁見は終わり、今はラファエルが色々案内していると思われる。
「あら、もうお父様の用事は終わりましたのね」
「はい。エミリー様、申し訳ございませんが、こちらの区間は立ち入り規制区域となります。許可されている者以外の立ち入りが判明してしまいますと、牢行きになります」
「まぁ、わたくしはラファエル様の婚約者になるのですもの。許可は必要ありませんわよね」
………意味が分からない。
ルイスの顔が引きつった。
………いや、あれは怒ってる顔、かな?
「必要ですよ。私さえ許可証を持っていなければ排除されます。二度と立ち入らないようにお願いいたします」
「わたくしはラファエル様の婚約者ですわ」
「いいえ。王太子の婚約者はソフィア・サンチェス様です。これは決定していることです。貴女様が婚約者になることなどあり得ません」
ちょっとルイス!?
そんなにハッキリ言って良いの!?
相手は同盟を結ぶかも知れない国の王女よ!?
「失礼な方ですわ!」
「失礼なのは貴女の方です。勝手に立ち入り規制区域に入ってきたり、勝手に婚約者を名乗ったり、これは同盟のお話を考え直すべき案件です」
「え……」
ルイスの後方から別の声が聞こえてきた。
………ルイスとエミリーに注目していたせいで気づかなかった。
「ラファエル様!」
エミリーがラファエルを見て、満面の笑みを浮かべた。
「漸く会えましたわ! わたくし――」
「去れ。私の許可なくここに立ち入った者は例外なく処分する決まりだ」
「!!」
冷たくラファエルに見下ろされ、ラファエルに近づこうとしていたエミリーが固まった。
「しかも私の愛しいソフィアに、何をする」
「な、にって……」
「ソフィアに近づかないで頂きたい。彼女は私の最愛の人。ソフィアに何かあれば、他国の王族でも容赦しませんよ」
「――!!」
ラファエルがエミリーを睨みつけた。
ガクガクと震えたと思えば、ぺたんとその場に座り込むエミリー。
護衛が慌てて立たせる。
そしてそそくさと立ち去っていった。
「………ったく、いくら大きい国であっても、我が物顔で他国の王宮を歩き回るとは」
「ラファエル様、テイラー国王のお相手はよろしいのですか?」
「影が報告してきたからね。国王にも事情を話して急いできたんだ。テイラー国王は常識ある人でね。顔を青くして快く送り出してくれたよ」
ニッコリと微笑んでるけど、怖いよ。
なにか不安を煽るような言葉でも言ったのではないだろうか…
「娘の教育ぐらいちゃんとして欲しいよね。他人の婚約者を奪おうとするなんて」
「同盟の話を考え直されるんですか?」
「国王は良い人だから前向きに検討すると言った矢先の出来事だからね。先送りにするかも」
「そうですか…」
これは念願のファスナーを手に入れるのはまだ先になるということなのだろうか…
エミリーよりファスナー優先っていう考えをしてしまう私も、どうかと思うけど…
でもジャージ完成させたいんです…
あ、思考が逸れてる。
戻してっと。
それにしても……
「こんな時、セキュリティ扉とかあれば便利なのに…」
「「………何それ(何ですかそれ)」」
ん~と考えながら無意識に口に出していたらしい。
ラファエルとルイスに同時に聞かれた。
「え、えっと…特殊な鍵がついている扉、と言えば良いかな…? 鍵っていっても、普通の鍵を鍵穴に差し込んで開くとかじゃなくて、暗号化された特殊なカードを差し込むか翳すかすると開く扉だとか、対象人物の指紋を登録しておいて一致すると開くとか」
「………指紋?」
………あ…
そっか…
こっちの世界の人は指紋も知らないのか…
「えっと…手の先に指紋と呼ばれる一人一人違う模様があって、全く同じ模様の人はいないから、変装していても別人だと認識できるもの……って説明で分かるかな…?」
改めて説明しろって言われると、難しい……
私、頭良くなかったから!!
今もだけど…
ラファエルとルイスは自分の指先をジッと見ている。
………なんか、シュール……
「………ルイス、早急に出来そうか?」
「技術班に聞いてきます」
………ぁ。
私またなんかやらかしたっぽい…
ルイスが去って行くのを見届け、ラファエルが私を抱き上げ――って、ええ!?
「ちょっ、ラファエル様!?」
「もう取り繕わなくて良いよ。いつもの口調で。部屋まで一緒に行こ」
「そ、それはいいけど、抱き上げないで!!」
「なんで? ソフィアのおかげで侵入者防止の強化が出来るんだから、ご褒美だよ」
「………どっちかって言うと、ラファエルへのご褒美だと思う…」
「あ、分かった? 疲れたからソフィアで癒やされたい」
疲れた表情を隠さず表すラファエルに苦笑する。
「お疲れ様」
「うん。それにしてもやっぱり“国王”と名のつく人は油断できないよね。ほんと、疲れた」
「………? 良い人、だったんでしょ?」
「人柄はね。でもやっぱり国政とか国益の話になったらやっぱり侮れないよ。俺はまだまだ未熟だからさ」
それは仕方がないと思う。
ラファエルはまだ継いではいないし、そもそもランドルフ国王があれでは、なにも教われないし。
手本に出来る人もいない。
各国で国政も違うし…
ラファエルの負担は相当だろう…
ルイスのフォローがあったとしても…
「だからソフィアのアイデアは助かるよ。俺の頭では思いつかないから。国を良くしよう、民の生活を良くしようとしても、凝り固まった思考からは何も生まれないから」
「そんな事ないよ。私のアイデアを元に発達させるのは上手いじゃない」
「ありがと。でも土台があってこそでしょ。ソフィアには本当に感謝してるんだ」
にこりと笑った後、一変。
ラファエルの顔が怖くなった。
「だから――恋人としても、パートナーとしても、最高なソフィアに罵声を浴びせたテイラー国王女は、許さないよ」
………話が戻ってしまった…
でも自分のことで怒ってくれる人がいるだけで、満足してしまう私がいる。
さっきの苛立った心は、ラファエルの言葉のおかげでくすぶっていたものが消えたのが分かった。
「ソフィアは何も考えずにいれば良いからね。彼女にソフィアが言っていた通り、俺の選んだ婚約者なんだから」
………まったく…
何処から聞いてたのやら……
私は苦笑して、大人しくラファエルに運ばれたのだった。
 




