第579話 予想外に
緩やかな風が吹き抜ける。
私はお兄様の馬車から降りて、サンチェス国の現状を目にしている。
国境を出てすぐ見えた光景に、私は唖然とした。
急いで馬車を降りて近くの田畑に駆け、立ち尽くしていた。
「………酷い…」
無残に踏み荒らされた畑。
木々になっていた果物類も無くなり、丸裸にされていた。
所々に道具は持っているが、何から手を付けていいか分からない民達を視界に捕らえ、唇を噛んだ。
………どうせなら、ランドルフ国ではなく、こちらにガイアス王太子達が来てくれたらよかったのに。
ゲームではおそらく選択肢次第で各国の災害の順番が違うのだろう。
だからアマリリスもこの状態は知らなかったはずだ。
その証拠に顔色真っ青で馬車の近くに佇んでいる。
魔物の一斉散開したと分かった時点で、私はサンチェス国の災害も聞いておくべきだった。
………悔やんでも仕方がない。
国境付近の空気が変わった気がする。
………近い。
「お兄様! すぐに兵士を総動員して民達を王都へ! ここは――」
ガァッ!! と私の死角から飛び出してくる魔物達。
咄嗟だったので数えられなかったけれど、大体30~40匹!
予想していただろう騎士達がすぐに動く。
「戦場になります!!」
「ソフィアの指示の通りにしろ! 民達に怪我をさせるなよ!!」
「御意!」と兵士達の声が揃って耳に入る。
国境付近の被害を見て、二次災害を防ぐためだろう。
彼方此方に兵士がいて、お兄様は指示しながら剣を抜いた。
「アマリリス! 馬車に戻りなさい!! フィーアとソフィーもそのまま馬車から出ないでよ!?」
震えていたアマリリスはハッとしてすぐに馬車に駆け込む。
自分が戦う術を持たないと分かっているため、素直に従ってくれる。
そしてお兄様が御者を叱咤し、固まっていた御者も立ち去らせた。
「全員時間を稼いで! 民達が逃げる間だけでいい!」
「「「「はっ!!」」」」
「ソフィアも下がって!」
「いいえお兄様! 分かっているでしょう!?」
お父様から聞いているはずだもの。
私がいないと始まらない。
お兄様は顔を歪める。
綺麗な顔が台無しよ。
「レオポルド様! 住人はここから離れました!」
「何処まで離れたの!?」
「は……え……?」
報告しに来た兵士は私に怒鳴るように聞かれ、戸惑う。
その時間も無駄なのだけれども!?
私は飛びかかってきた魔物を視界に捕らえ、その場から慌てて離れる。
「早く報告なさい!!」
「あ、えっと!」
焦り始めた兵士を押しのけ、違う兵士が口を開いた。
「こちらの様子が見えない場所まで誘導致しました! 後は歩きで王都へ向かっています!」
「分かったわ!」
民がいないと分かり、私は改めて魔物を観察する。
この国にいる魔物は、猿みたいな外見だった。
けれど大きさからして……チンパンジー…かしら…?
手足が長く、手と足を使って獲物の周りを歩き出す。
視線は一切私から離れない。
魔物の共通点は、より強い者を狙う、で間違いないらしい。
「魔物の攻撃はどういうもの?」
「手で殴ってきます!」
丁度目の前の兵士の剣が邪魔だったのか、手を振り上げて振り下ろした。
たったそれだけだ。
けれど兵士は吹き飛ばされた。
ゆったりとした遅い動作だったのにも関わらず。
どんだけ力があんのよ…!
「うわぁぁあ!!?」
「!?」
横から誰かの叫び声が聞こえ、ハッとして見ると、兵士が黒焦げにされていた。
………黒焦げ……!?
フンッと鼻息を荒くする魔物は、口から何やらチラチラと出している。
あれは……火……?
だったら……
「お兄様!」
「なに!?」
「しっかり箝口令を敷いてくださいよ!」
私は空に向かって手を上げた。
『水精霊! 水のドームを!』
『はい』
ドバッと勢いよく噴き出す噴水のように、私の手を中心に天に向かって水が伸びる。
そして火精霊の時と同じようにある地点から四方へ水が降りていき、水のドームが私中心に魔物ごとその場に閉じ込めた。
民達の田畑も巻き込んじゃうけれども、背に腹は代えられない。
「うわ何これ」
「お兄様気を抜かない!!」
ビックリして唖然と天を見ているけれど、魔物はこっちの事情などお構いなしで襲ってくる。
ここにラファエルもルイスもいない。
文字通り私しか対応できる精霊契約者はいない。
従って、私だけでは対処は不可能。
いらぬ怪我人を増やすだけ。
ということは、誰かに登場してもらうしかない。
魔物が火を扱うのなら、今回は水ね。
………またあの呪文を言うのは大いに遠慮したいのですけれどもねっ!
ばくばくいう心臓は、決して恥ずかしさからではない、はずだ!
いいもの!
中二病と呼ばれようとも、民のためっ!!
「八が二・水を司る水神に願う 深泉を以て 国を荒ぶる怨固を滅せよ 出でよ“青龍”」
私の足もとから水が円を描き、火精霊同様に文字が浮かび上がったと思った瞬間、青龍が飛び出してきて宙に浮かび上がった。
一斉に私から水精霊へと魔物の視線が向いた。
「え……え……!? ソフィア、いつから人外になったの!? 何かの呪いでも受けたのか!?」
私の足もとの魔法陣(?)から水精霊が私を通過して登場したものだから、お兄様が私が青龍だと思っちゃってる!?
水精霊しか目に入っていないようで、隣の私の姿は目に入っていないようだった。
「失礼ですわよお兄様!! 私はちゃんとここにいます!!」
「え? あ、ああ……よかったよソフィア……あんな大きな者になってしまったら、王宮に入れないじゃないかって心配だったよ」
「心配するべき所はそこですか!?」
唖然としている兵士と、やれやれと呆れる騎士達を尻目に、私はお兄様に向かって文句を言ってたのだった。
水精霊に魔物を完全に任せて。




