第578話 突然の分離
「やぁ。愛しい我が妹! 元気だった?」
「………」
マジュ国組が帰った翌日。
朝食を食べて早速魔物のおびき寄せの為に出発しようとしたときだった。
何故か王宮の前にお兄様がいたのだ。
………いやなんで。
「………レオポルド殿……先触れがなかったのですが…?」
ラファエルが手で顔を覆いながらお兄様に言った。
「ダメじゃないお兄様。いくらラファエルと友達になったからと言って勝手に来たりしたら」
「久しぶりの兄に対して冷たくない!?」
「きちんとした手順を行ってたら純粋に挨拶しました」
「それはごめん。緊急だったから来た方が早いかと思って」
緊急、と聞いてラファエルと顔を見合わせる。
………まさか…
「サンチェス国内の食物が次々に消えていってるんだよ。近くにいたらしい民には何もなかったんだけど、変な生き物が目撃されてるんだ。民が追い払おうと農具で攻撃しても傷を負うこともなく、食べ物を取れるだけ取って去って行く」
「「………」」
「で、親父がソフィアの精霊が対処できるらしいと親父の精霊に言われたらしい。だからソフィアに帰ってきて欲しくてね。使者を送るより俺が来る方が話が早いでしょ?」
サンチェス国でも同時に魔物の被害があるらしい。
食べ物の国には食べ物を求める魔物、ね。
「………こちらは寒さを求めてくるマモノという生き物が放たれている。マジュ国にいたマモノが結界を抜けて各国に逃げたらしい」
「え!?」
「幸い、こちらも民に被害は出てないの。でも、いつ民に何があるか分からないから、今からラファエルと国を回ろうかと…」
「国を回って何が分かるの?」
「マモノは強い力を持った者の元に集まるらしい。力を奪えるとか。そしてこの国で1番力を持っているのは究極精霊契約者であるソフィアだから、ソフィアに群がってくるんだ」
「成る程ね」
私は顎に手を付けて少し考える。
この場合、優先すべきは……
「ラファエル」
「ん?」
「………私、サンチェス国へ行っていい?」
「「………」」
ラファエルとお兄様が無言で見つめてくる。
続きを促されているようだった。
「お待ち下さいソフィア様」
その時後ろから声をかけられ、振り向く。
一時的に私の騎士になっているドミニクだった。
「何?」
「ソフィア様がサンチェス国を大切にするのは分かりますが、ランドルフ国も楽観できない状況です。先にランドルフ国のマモノの対応をしてから向かわれては」
ランドルフ国生まれのドミニクが懸念するのも分かる。
………分かるけれども…
「………そうなると、サンチェス国の食物が全て魔物に食べられている可能性が高くなるの」
「………ぁ……」
ハッとドミニクが目を見開いた。
私の言いたいことを分かってくれたようだった。
「幸いこちらに逃げてきている魔物は、雪を好むようで私と私の騎士、そして先日の戦闘に参加した騎士以外の被害はない。従ってまだ猶予はあると思うの。でもサンチェス国は違う。サンチェス国の象徴である食物が全て食べられると、サンチェス国が食を輸出している全ての国の食の流通が止まるわ」
ドミニク以外の騎士達も息を飲むのが見えた。
「食べるものがなくなれば、民を飢え死にさせることになるの……ランドルフ国の民のためにも、分かって……」
「申し訳ございませんでした。私が考えなしでした」
すぐさま頭を下げるドミニクに首を横に振る。
「故郷ですもの。どうしても自国優先になるのは分かるわ。わたくしも、サンチェス国が心配ですし…」
「いいえ。ソフィア様は我が国の民の将来まで考えて下さっている。私の短慮をお許し下さい」
「怒っていないから大丈夫よ」
ドミニクに笑いかけ、改めてラファエルとお兄様を見る。
「すまないねソフィア。ラファエル殿」
「いやいいよ。………ソフィア」
「何?」
「………」
少しだけ寂しそうな笑顔を見せるラファエルに首を傾げる。
「気をつけて行ってきて」
「………ぇ……?」
ラファエルの言葉に私は固まってしまった。
………一緒に行かないの…?
「ソフィアの騎士達はソフィアについて行って。ソフィー達――ソフィアの侍女にすぐにソフィアの旅支度をするように伝えてきて。残りはソフィアとレオポルド殿を見送ったら国内巡回予定を開始するよ」
テキパキと指示を出していくラファエルの言葉に、私は知った。
私が行かない代わりにラファエルが魔物をおびき寄せる餌になることにしたのだと。
「ちょ……待ってラファエル…!」
それではラファエルの危険が増すということ。
いくらルイスも一緒に行くからって…!
「ソフィア」
止めようとした私は、強い視線で止められた。
「ランドルフ国のことは心配しなくていいよ。代わりにサンチェス国は任せたよ」
優しく微笑まれ、私は何も言えなくなった。
だって私はサンチェス国に行くことを、既にラファエルに相談せずに決めてしまったのだ。
だから、ラファエルが同じ事を決めてしまったことに、文句は言えない。
こくりと頷くしかなかった。
「ランドルフ国の騎士を宛がうより、サンチェス国の兵士の方が実力は上だからいらないよね。ソフィアを必ず守ってくれると信じてるよ」
「………感謝するラファエル殿」
ラファエルとお兄様が言葉を交わし、お兄様に手を引かれ私は馬車へと連れて行かれる。
そしてそのまま侍女が私の旅支度を終えたところで、お兄様が乗ってきた馬車に押し込まれ、その場を後にすることとなった。
ラファエルの姿が見えなくなるまで、馬車の窓から動くことは出来なかった。




