第574話 いい加減になさいませ
「では、始めましょうか」
ラファエルが小さな会議室の1番奥へ立ち、机を囲んでいる面々を見回し、口を開いた。
小さい、と表するこの部屋でも、大の大人が20人入ってもまだ余裕があるけれど。
机の上にはランドルフ国の地図が広げられている。
けれどこの国に来て私が見せられた地図とは違って、大まかに地方の名が書かれているだけの簡易版。
私が見た地図は地形など事細かく記載された物だったのに。
この部屋にいるのはラファエルとルイス、そして私とそれぞれの護衛。
それにプラスされてマジュ国組。
今後の動きを決めるために今日は集まった。
私もこの場にいさせるのは、ラファエルもルイスも不本意だろう。
けれど私が最良の囮であり、魔物に対して1番有力な精霊契約者も私。
私は喜んで協力するのに、いい顔をしないんだよね。
案じてくれているのは嬉しいけれど。
「前回の襲撃地点はここ」
ラファエルが指差したところに、ルイスが赤のペンで丸を付ける。
「その前、ソフィアが襲われたのがここ」
スキー場建設予定地と、温泉街の地に赤丸が付き、全員が覗き込む。
「温泉街は確かに北に近いと言えば近いが、雪が積もっている場所ではないので、雪が積もっている寒い地、と限定するのは早計だと思うのですが。温度も言うほど低くなかった」
「そう――ですね。ラファエル殿の仰るとおりです」
………あれ…
ガイアス・マジュがラファエルに敬語…?
内心首を傾げるが、顔には出さなかった。
「何日かに分けて、民が比較的近づかない土地を、ソフィアと回ってみようと思います」
ラファエルがぐるりとランドルフ国と他国を隔てる国境の壁があるところの地を、ぐるりと円を書くように指を動かした。
それにガイアス・マジュが頷く。
「ランドルフ国民に迷惑をかけるわけにはいきません」
「貴方方がマモノを国から出したことで既に迷惑がかかってます」
「っ……」
「ソフィアは私の婚約者。ソフィアもこの国に住む民です」
「………その通りです。申し訳ない」
ガイアス・マジュが頭を下げる。
ラファエルは容赦ない。
ガイアス・マジュが頭を下げる中、他のマジュ国組は苦々しい顔をしている。
自国の王子が頭を下げるのが気に入らないのか、ラファエルの言葉が気に入らないのか、それは分からない。
けれど、自分より上の人間が頭を下げるのに、その下の者がそれに続かないことが納得できなかった。
だからだろう。
つい、口を出してしまった。
「ラファエル様」
「どうしたの」
「ガイアス様以外のマジュ国の方にはご退出して頂いた方がよろしいかと思います」
「なっ!?」
私の言葉に嫌悪を出したのは聖女とマジュ国の魔導士。
私に指定された者達だ。
「理由を聞いてもいいかな?」
穏やかに微笑んでいるラファエルに促される。
あ、これラファエルも怒ってるな、と分かった。
「ガイアス様――マジュ国の王太子殿下が頭を下げているのに、その王太子殿下のお連れ様は、微動だにせず他人事。魔物を他国に放ったのを悪く思っていないようですから」
「なっ、何だと!?」
「下がるんだ!」
身を乗り出して憤慨する魔導士を、ガイアス・マジュが止める。
私は涼しい顔で魔導士を見返す。
その視線に魔導士がたじろぐ。
………威勢のいいわりには弱いわね。
「本当に悪いと罪悪感を持たれているのでしたら、ガイアス様と同じく頭を下げるものですもの。主君に頭を下げさせて、配下の者が頭を下げないなんて、ラファエル様やランドルフ国を馬鹿にしています。偉ぶるのもいい加減になさいませ。他国を危険に晒しておいて、まだ謝罪の意思を持てないなら、帰国なさい。ガイアス様に対しても無礼ですわ。ご自分達が仕える王族に対して敬意がないのですから。王族相手に言葉遣いもなっていない人達ですもの。これでは他国王太子であるラファエル様が軽んじられるはずですわ。ご自分達の王太子も軽んじているのですから当然ですわよね」
ようやく私が何を言いたいのか察したようで、魔導士全員が顔を真っ青にした。
堂々と忠誠など欠片も持っていないと言われたのだから。
………ここに来て初めて、彼らはどれだけ無礼をしていたのか察したのかしら?
これだけハッキリ言わないと気づけないなら、王族に仕えるなって言いたいわ。
それとも、王族に仕える名誉ある地位を剥奪されるかもしれない、と心配したのかもしれない。
「わたくし、このような方々にご協力するのはご遠慮したいですわ」
そっと一歩下がって私はラファエルに頭を下げた。
「ご退室の許可を下さいませ」
「ま、待って下さいソフィア嬢!」
「いいよ」
「ラファエル殿!!」
ガイアス・マジュが真っ青になって私を引き留めようとするけれど、ラファエルが許可を出したことで私は堂々と会議室を出た。
その後に騎士が続く。
扉が閉まるまでガイアス・マジュの焦った声が聞こえていたが、騎士が扉を閉めると聞こえなくなった。
「………アルバートとジェラルドがいなくてよかったわ」
「そうですね」
「2人がいれば、ソフィア様は堂々と意見できたかどうか分かりませんからね」
クスリとオーフェスとヒューバートが笑う。
その後に続くブレイクとドミニクが、笑うのを堪えようとして失敗したようだった。
ゲホッと咳き込む声が聞こえてきたから。
「つい口出ししてしまったけれど、ラファエルに叱られないことを祈るわ」
「それは無いでしょう」
「そうだといいわ」
私は自室に向かいながらクスリと笑った。
さて、これで動くかしらね。




