第57話 初めてです
あれから4日後。
テイラー国の王家の人間が王宮に入ったそうだ。
私は会わないし、見ることもないだろう。
私は図書館から本を数冊持って部屋に帰るところだった。
腕の中に本を抱えている為、侍女がオロオロしている。
本だけは他人に持ってもらいたくない。
これは私の趣味であるため。
仕事なら持ってもらったけど。
「ラファエル様とのお食事は今日は食べられないんでしたよね?」
「あ、はい。ご夕食もテイラー国の方と食べられるそうですので、申し訳ないと伝言を預かっております」
「そう。仕方ないですわね。もてなさないといけませんから」
何日部屋にこもっていれば良いのだろうか?
運動も続けないとすぐに鈍ってしまうし…
ラファエルがいないときに部屋を抜け出せないしな…
「貴女がラファエル様の婚約者ですの?」
もう少しで部屋につく、というところで呼び止められた。
………可笑しいな。
ここは王太子の部屋に近いため、許可ない者は足を踏み入れられないはず。
聞き覚えがない声の上、少々上から見下ろされているような高圧的な声だった。
ゆっくりと振り返ると、豪華なドレスに身を包んだ令嬢がいた。
背後に護衛っぽい男性が3名。
茶髪で縦ロール。
唇には赤い紅。
パーティードレスのように広がるスカートにフリルたっぷり。
………う~ん……
考えるまでもなく…
「わたくしは、エミリー・テイラーと申します。テイラー国第二王女ですわ」
「ソフィア・サンチェスと申します」
やはりテイラー国の王家の者だった。
………けれど、ここにいるのはどういう事だろうか。
ラファエルがこの区間に足を踏み入れる許可を出したとは思えない。
それに、天井にいるライトの警戒を感知した。
「サンチェス国王女様、お下がりを」
「失礼ですが、この区間はラファエル様の許可無しでは立ち入りが出来ません。許可証はお持ちでしょうか」
侍女2人が私を下がらせて前に出た。
それだけだったのに、私は眉を潜めてしまった。
彼女たちはさっきまでただの侍女だったのに。
今の立ち姿はまるで――
………そういう事か……
まぁ、影が侍女になりすますのはお手の物だよね…
ラファエルも言ってくれれば良かったのに……
「まぁ。わたくしはテイラー国王女ですわ。そんな物いりませんわよね?」
当然、という顔をされても……
「わたくし、お父様にお願いして連れてきて頂いたんですわ。ラファエル様はわたくしの旦那様に相応しいですもの」
「「「………」」」
いや、この人何言ってるの。
そう思ったのは私だけではなかったようで。
侍女になりすましている影2人の顔が引きつっている。
「ですからラファエル様の婚約者にお会いして、ラファエル様を下さいとお願いしに来たのですわ」
………それ、お願いとは言えない。
我が儘と言う。
「ハッキリ申し上げて、サンチェス国王女の貴女はラファエル様に相応しくありませんわ。よくその顔で婚約者として隣に立てますわね」
………久々に聞いた。
顔だちへの蔑みを。
正々堂々と言われたら、むしろ清々しいよね。
サンチェス国とは違う。
陰で言われるのではない。
相手が同じ王女という立場でもあるから、正面きって言えるわよね…
「貴女が無理矢理婚約を迫ったのでしょう? わたくしという相応しい相手が現れたのですから、貴女は諦めてくださいな」
………なんだろう。
彼女が哀れに見えた。
思い込んでいるせいだろうか?
貴族の中には――というか世界には一方的に思い込む人がいる、とは知っているけれど、上に立つ王家の人間が客観的に見られないとは。
上に立つ者として致命的。
「………失礼ですが」
「わたくしはありとあらゆる物を手に入れられます。ラファエル様が欲しいもの全てを! 貴女には無理でしょう? その顔では」
………物を手に入れられる事と顔は関係ないでしょう。
顔の事を言うなら顔のことだけを言って欲しいんだけど…
なんでもかんでも顔が普通って事に繋げないで欲しい。
「2・3日中に解消してくださいませね。それ以降になりますと、わたくしが国に帰らないといけなくなる可能性がありますの。手続きは早い方が良いですし、ラファエル様と共にいられる時の方が手続きしやすいですもの」
………人の言葉を遮ってベラベラ……
久々にイラっとした。
直接言ってこられたのは初めてだったから新鮮だった。
でも、エミリーというこの王女は、アマリリスと一緒だ。
自分の思うがままになると思っている所が。
「わたくしに言わないで下さいませ」
低い声が出た。
取り繕ってどうこうなる人物ではないと判断したから。
「なんですって?」
「婚約解消の件はラファエル様に直接お申し出下さいませ。この婚約はラファエル様のご希望ですので。継続するも解消するも、ラファエル様に一任しております」
「まぁ、図々しい方。ラファエル様がお可哀想ですわ」
可哀想なのは貴女だと思うけど。
「それにラファエル様からご婚約を申し出られたなんて、自意識過剰ですこと」
………本当のことなのに、何故そんな事を言われなければならないのだろうか。
学生時代に、陰で悪口言うぐらいなら、堂々と言えと思っていたけれど、堂々と言われたら言われたらで面倒くさい。
なにより言葉が通じない。
疲れる。
今まで感じたことがない疲労感に、私はため息をついた。
………いきなり許可必要区域に無断で入られた上、一方的な意見を押しつけられる。
排除をライトに命じるのは簡単だ。
でも、相手は仮にも他国王家の来賓客。
何かあれば責任は全てラファエルにいく。
それは避けたい。
………さて、どうするか……
目の前の縦ロール嬢を、無表情で見返した。




