第569話 ついにこの時が
ラファエルの追求を逃れる術はない。
結果としてラファエルの耳に入っていることを、誤魔化すことは出来ないし…
「………姫様……」
不安そうなアマリリスをこれ以上巻き込めないしね…
ジッと見つめてくるラファエルを見上げる。
「分かった。まず食べ終わるまで待ってね」
「うん」
私はラファエルの許可を貰い、食事を続け、しっかりと噛んで食べ終えた。
食後のティータイムになって、何故か私はラファエルの膝の上で横向きにされた。
「………向かいに座るとか隣に座るとかじゃないの……?」
「だってソフィア離したくないし」
………そうですか…
「仕事は大丈夫?」
「うん。緊急事態って呼ばれたからルイスに任せてきた」
「分かった」
頷いて私はお茶を一口飲む。
「話しても、アマリリスを責めないでね」
「責める必要ないでしょ。アマリリスはソフィアの侍女見習い。主人はソフィアだ。そのソフィアが話すように言わないって事に対して俺はどうこう言えないでしょ」
「私がルイスに言えって言っても、ラファエルの命令で口止めされているからと断られるのと同じって事?」
「そういうこと」
………と言いつつも、なんかあったら私の臣下にも問答無用で口を割らせること出来るよね。
私とラファエルの立場が違うのだから。
思わずジト目になってしまいそうだったけれど、耐えた。
「………私の記憶っていうのは、ラファエルに婚約者にと申し込まれた、あのパーティーまでの記憶」
「………ん!?」
ラファエルが目を見開く。
「どういう風に誰が行動して、例えばレオナルドがローズに婚約破棄を告げるところとか、それにアマリリス・エイブラムが関わっていることとかは知ってた。でも私の存在は私の知っている物語にはなかったから、アマリリスも過剰に反応してここまで私を貶めることとラファエルを手に入れるためにランドルフ国に来た」
「………え!?」
「だから私はユーリア・カイヨウとあの聖女サマの事は一切知らなかった」
「ちょ、ちょっと待って。ソフィアの記憶がそこまでだった、ていうか“知ってた”ってどういう事?」
その言葉に私はラファエルに、肝心なことを言うのを忘れていたのに気付いた。
「この世界の事は、私達の前世で物語になっていたのよね」
「………物語……書籍って事? 昔の出来事を記録したみたいな」
「そういう認識で大丈夫だよ。その物語は全部で5冊くらいあるみたいなんだけど、私は1冊目…最初の物語しか知らない」
「その物語の終わりが、レオナルドがローズ嬢に婚約破棄を告げてアマリリス・エイブラムと婚約するってとこまで?」
「本当は複数の相手がいるのだけれどね」
「………ん?」
「レオナルド・サンチェスの他に、アマリリス・エイブラム…つまり1冊目の“ヒロイン”と呼ばれる主人公が攻略――恋愛相手が複数いて、主人公が気に入った相手の婚約者を蹴落としてのし上がるという何とも言えない物語なのよ」
三流ゲームだったせいか、はたまた大好きなローズを袖にしたレオナルドに腹が立ったせいか、最後は半目になってしまった。
言葉も少々悪くなってしまったな。
「………それ面白いの?」
「所詮他人事だし、実際は見目麗しい男性との疑似恋愛が体験できるから、面白い人には面白いよ」
「………で、それをソフィアも読んでた、と」
「まぁ、私の容姿が容姿だったし、イケメ……見目麗しい男性との恋愛に憧れはあったから」
………何故だろう。
ラファエルを見られなくなってしまう。
「………ふぅん」
あ、ラファエルさん声が低いですよ。
「………で、結局それって階級が上の相手を誘惑して婚約者の座を奪ったって事でしょ」
「そうなるね」
「それ、普通に打ち首ものだけど」
シラケた顔を向けないで下さい。
「物語だから!! あくまで疑似だから!! 現実ではないから!!」
慌てて言うも、ラファエルの冷たい視線は変わらない。
「………つまりソフィア達は前世の記憶で未来が分かる、ってことでいいの?」
「まぁ。私達の世界はこことは違うのだけれど」
「俺達は紙の上の存在だって事か」
「で、でも、私もアマリリスもラファエル達が現実の人間だって事は知ってるからね!?」
私がラファエルに必死に訴えると、ラファエルが苦笑する。
「それは疑ってないよ。だって紙の上の存在と思っている相手を、ソフィアが本気で愛してくれるわけないしね」
「っ……!!」
「あれ? 違った?」
「ち、がわない…です…」
ラファエルがやっと普通に笑ってくれる。
恥ずかしいけれども!!
「じゃあ2冊目は?」
「2冊目はアマリリスが教えてくれたの。マジュ国から魔物が各国に逃げ出し、マジュ国に聖女が召喚され、各国に逃げ出した魔物討伐のために聖女を連れて回る。そして最初に選んだ国の王太子と恋愛関係になる、らしいよ」
私がアマリリスに視線を向けると、アマリリスが頷いた。
「はい。そして召喚された時期から見て、聖女の目的はこの国。つまり――」
「聖女の相手が俺、ってことね。なるほど。それにはソフィアの存在はなく、俺の婚約者がユーリア・カイヨウというわけね。その2冊目ではそうなっているから。つまり聖女もソフィア達と同じ書物を読んでいると」
ラファエルがきちんと理解しており、私達は頷いた。
「迷惑極まりないな。ここは夢物語ではなく、現実だ。相手の婚約破談を狙い、自分がおさまろうと考えることすらおこがましい。王族の相手は王族と決まっている」
「うん。だから彼女も当時のアマリリスと同じで、現実を空想にしていて、その通りになるはずだと思い込んであんな言動をするの。王族相手に聖女といえども位を持っていないから、いくらマジュ国で崇められようともそれはマジュ国内でのこと。他国では聖女と言われてもただの平民と同様。不敬罪に当たることだろうが、極刑だろうが、自分だけは大丈夫だと思っているの」
私が断言すると、ラファエルがグッタリと私に寄りかかってくる。
「俺はソフィアのモノなんだけどな。それ以外の女なんて近づかれるだけでも気持ち悪いのに」
………そうなの!?
あ、いや、嬉しいけれども…
「俺はソフィアがソフィアだから欲しいと思ったんだから。変える気は一生無いよ」
「………ありがとうラファエル。私もラファエルだけだから」
「………浮気してるくせに?」
「浮気!? いつ私がしたの!?」
「してたんでしょ? その書物で」
………ゲームにまで嫉妬しないで下さい…
それで私を貶めないで下さい…
「冗談だよ」
クスクス笑って私の頭を撫でるラファエル。
……ラファエルの冗談は冗談に聞こえないから止めて下さい。
「大体分かったところで、アマリリス」
「はい」
「今後の予定はその書物でどうなっているの? 知ってたら対応しやすい」
「畏まりました。それでは――」
私はラファエルと共にアマリリスの言葉に耳を傾けたのだった。




