第566話 真っ赤に染まる
魔物退治から1日経った。
「………ぅっ…」
究極精霊の力を使ったせいなのか、動きすぎたせいなのか、全身が痛かった。
ガイアス・マジュにかけてもらった回復魔法は、持続性はないのかな…
まぁあの後、火精霊さん大活躍だったから、そのせいかも。
魔法をかけてもらった後のことだから。
まぁ、今日も魔物捜索に行くとはならないと思うからいいけれど。
「………ぁれ……ラファエル……?」
ベッドからのろのろと起き上がれば、隣にラファエルがいない。
首を傾げて窓の方を見ると、カーテンの向こうが明るい。
「………寝過ごした…?」
慌ててベッドから出ようとして、ビキッと身体が嫌な感じに引きつる。
「いっ……!!?」
ふるふるとその場で悶える。
いきなり動こうとした私が悪かったです…
「………ふぅ…」
痛みをやり過ごし、今度はゆっくりと動いた。
くぅ…と小さく鳴いたお腹に苦笑する。
一体私は何時間寝たのだろうか。
「姫様、御起床なさいましたか?」
静かに扉が開き、フィーアが顔を覗かせる。
「うん。おはよう」
「おはようございます。すぐに御昼食になさいますか?」
………まさかの朝食すっとばして昼食とは。
その昼食の時間も過ぎてなければいいのだけれど…
いや、過ぎてるからすぐに昼食なのかもしれない。
ラファエルが自然に起きるまで寝かせておいて、とでも言ってくれてたのかな。
「うん食べる」
「ではアマリリスに伝えて参りますね。すぐにソフィーに着替えをお持ちするようにも」
「いいよ。ソフィーは統括の仕事があるでしょう? 呼び戻さなくてもフィーアが戻ってきたときで」
「畏まりました」
フィーアが去って行き、私はグッと背伸びをした。
今度は痛みがなく、寝過ぎでの痛みだったかもしれないと思った。
少し太ももを撫でると、こちらも大丈夫そうだ。
枕元に置いていた腕時計を取る。
「あ、14時……私は何時間寝たら気が済むんだろう…」
苦笑しながら腕時計を枕元に一旦戻し、ゆっくり歩いてカーテンを開く。
「っきゃぁ!?」
私は外を見た瞬間に思わず悲鳴を上げてしまい、更に尻餅をついてしまう。
「ソフィア様!?」
私の悲鳴を聞きつけた騎士達が寝室に駆け込んでくる。
ラファエルと侍女達しか見てはいけない薄い夜着姿だろうとも関係ない。
私は1番近くに来たオーフェスに抱きついてしまう。
「一体何――!?」
騎士らは窓を見て、息を飲んだ。
び、ビックリするよね!?
私だけじゃないわよね!?
カタカタと自然と震える身体を、オーフェスが守るように腕を回した。
ラファエルに怒られるかも、なんて考えられるわけがない。
ばくばくと早まった心臓を落ち着かせる方が先だ。
「…っ……はぁ……」
大きく深呼吸してようやくおさまってきた動揺と心臓。
最後に大きく息を吐き出して、そっとオーフェスから離れた。
「ごめんオーフェス……」
「私の仕事ですからお気になさらず」
「あ……うん……」
動揺を一切していないオーフェス。
それはそれでちょっと女としては悲しいものがあると思うのだけれど…
い、いいもん!
私にはラファエルがいるし、ラファエルにしかそういう目で見られたくないからいいんだけれども!
なんか女として負けた気がする!!
「一体何だこりゃぁ…」
ヒューバートが慎重に天井から床まである両開きの、バルコニーに出るためのガラス窓――ガラス扉、の方が良いか――を開き、アルバートが警戒しながら顔を近づけていく。
ガラスにはベッタリと赤い液体が付いている。
私は勿論、カーテンを開けば青空が見えると疑っていなかった。
明るかったし、雨音も聞こえなかったから。
いきなり真っ赤に染まったガラスがあるとは夢にも思わなかった。
………っていうか私……さっき「きゃぁ」とか乙女みたいな悲鳴を上げなかった……?
「………オーフェス」
「はい」
「………私、さっきか弱い令嬢みたいな、可愛い「きゃぁ」なんて言ってないわよね…?」
「………………………可愛いかどうかは置いておいてよろしいでしょうか」
「え゛……」
「確かにソフィア様の「きゃぁ」は聞きました」
………無表情で言うんじゃないわよ…
「ソフィア様」
思わずオーフェスを叩こうか考えていたとき、アルバートに声をかけられる。
「これ、赤ソースとトーマだわ」
匂いで分かったのか、そう言われた。
赤ソースはたしかケチャップみたいなもので、トーマはトマト、だったっけ。
「だ、誰かの血だとかではない、ってこと……?」
「血の匂いは一切しねぇな」
「そう……」
ガラス扉一面、全てが真っ赤に染まっており、人の血液だとしたら一体何人が犠牲になったか分からない。
ケチャップとトマトでよかった………
「いやよくないわよ!!」
いきなり怒鳴った私に騎士達の肩がビクッと反応した。
「食べ物を粗末にするなんてありえないんだけど!!」
「いや、そこかよ!! 自分に嫌がらせされたことに怒れ!!」
「そんなことサンチェス国で日常茶飯事だったでしょうよ!!」
「「「ああ……」」」
サンチェス国組の騎士が納得する。
………いやそこで納得しないでよ!!
悲しくなるわ!!
「取りあえずラファエル様を呼んできますので、ソフィア様は騎士から離れないように」
「あ、うん」
ヒューバートが急いで出て行き、アルバートは現状保存のためか、そっとそのままガラス扉を閉めた。
私は再度息を吐いたのだった。




