第564話 無茶振りも程々に
「と、とにかく、私も手伝うよ!」
真っ赤になったガイアス・マジュは、慌てて魔物達の方へ顔を向けた。
火精霊に向かっている魔物の群れを、騎士らがその後方で囲んでいる。
魔物達は次々と火精霊の炎で消えていっており、残りは少なかった。
「いや、ソフィアの召喚した彼の者が魔物を消してくれているから、ガイアス殿の力を使う必要はないよ。使用すればガイアス殿は消耗するのだろう?」
「な、何故それを…!?」
驚いてラファエルを見上げるガイアス・マジュ。
「私達の力もそれなりに消耗してしまうからね。似たようなことになるだろうと推測したまでだよ」
「あ、そうか……いや、しかし……ここまでラファエル殿の言葉を無下にしてまで押し掛けたのだ。何もしないのは…」
「むしろして欲しくないのですよ。国王に会うまえに罪人として捕らえられたくはないでしょう?」
ラファエルの苦笑気味の言葉に、今度こそガイアス・マジュは押し黙った。
ここはランドルフ国であり、公式に交わした王家のラファエルの言葉に反しては、最悪の場合捕らえられることがある。
ガイアス・マジュは他国王族で、ある程度は見逃されるけれど、ここまで許可されていない事への無理矢理付いてきてしまった以上、これ以上ラファエルの言葉には反せない。
それに正式に入国し、謁見している以上ガイアス・マジュ含めたマジュ国一行は、ランドルフ国王家の来賓客。
何かあってはランドルフ国王家の責任になってしまう。
怪我でも負ってもらっては困るのだ。
例えマジュ国が原因でのことでも、ランドルフ国内でのことであれば、ランドルフ国は無視できない。
「それに、貴方は私に王へ謁見を願った。そして私は王へ確認するように指示をし、貴方は王の謁見許可待ちだったはず。現在王宮にいるはずの方が別の所で怪我を負ったとなると、我が国の責任問題になります。王の許可または私の許可を得て、今回のこの騒動に出くわしたわけではないのですから」
「………すまない…」
今更ながらに私達の後を追ってくるという事の意味を察したようだった。
………彼は、政には少々疎いのかしら…?
「貴方の連れの中には貴方の国の大事な聖女とやらもいるのでしょう?」
ハッとガイアス・マジュは少し離れたところでこちらを見ている聖女に目をやった。
「彼女にいらぬ怪我を負わせれば、何らかの処罰があるのでは?」
「………その通りだ。すまない、他国の王族であるラファエル殿の方がアイの事を分かっておられる」
………ん!?
その言葉はあらゆる誤解を受けそうだから止めて欲しいな!?
「私は王太子の位を頂いている。今回の騒動の迅速な対応と解決を急ぐあまり、強行してしまった…」
「焦る気持ちはよく分かります。私も同じ立場ですから。ですが、焦れば――急げばいいということではありませんよ。確実に、解決するには、待つ覚悟も必要ですよ」
………何故ラファエルさんはそこで私を見るのでしょうかね…
「そう、だな。すまない。ありがとう」
ガイアス・マジュが微笑んだ。
………うっ……顔がいい……
………当然ラファエルには及びませんけれども!!
「ラファエル様、ソフィア様」
話が一段落した時、ルイスが駆け寄ってくる。
「マモノの討伐完了いたしました」
「そうか。分かった」
私が上を見上げると、火精霊が悠々と飛んでおり、その真下辺りを見るが魔物の姿はなかった。
「ラファエル様、わたくしは少し外しても…?」
「………」
ラファエルに見下ろされ、表情を伺われている。
考えていることを知ろうとしているのだろう。
私はチラッと火精霊の方を見てまたラファエルを見る。
「分かった。行っておいで」
「はい」
私はガイアス・マジュに軽く頭を下げ、駆け足で火精霊の真下辺りまで向かった。
『火精霊、ありがとう』
『我も面白かった。炎で文字を描くなど、なかったからな』
心の中で話しかけると、火精霊がゆっくりと地に降りてきて、足をつけて私に顔を近づけてくる。
『で、でも、あの台詞を言わそうとするのはどうかと!!』
あの呪文のような言葉は、火精霊に言われて必死に絞り出した言葉。
………私の記憶を勝手に読み過ぎじゃないですかね!
ゲームとか小説とか好きで買いあさっていたのは事実だけれども!
私に呪文を考えさせるな!
あんな状態で!!
『なかなかいい――ぷっ……呪文だったぞ』
笑っているじゃないか!!
炎が身体を覆っているからって分からないとでも!?
炎の揺れ方が可笑しいから!!
『だがいいのか? 我を“朱雀”と表して。この世界に居ぬ神の名を呼び、あの娘に聞かせたのは』
『………………………ぁ』
火精霊の言葉にハッとする。
そういえばそうだ…
あのヒロインに私が転生者だと気付かれたかもしれない…
『………ファイアーバードとかにすればよかったかしら…』
『………それは格好良くない。何故最後に横文字を入れようとする』
『我が儘だな!? あの状況で呪文を考えついただけでも褒めて欲しいわ!! っていうか横文字って!!』
魔物に食らいつかれる恐怖の中で絞り出した言葉なのだ。
こんな事ならだいぶ前から考えさせて欲しかったわ!!
『まぁいい。多少は疲れた。周りに気配も影もない。解いて戻ってもいいか』
『あ、ごめん! ありがとう。ゆっくり休んで』
火精霊がゆっくりと私に顔を寄せ、胸元に嘴が付いたと思えば、吸い込まれるようにして火精霊が私の中へ入ってきた。
それと同時に覆っていた炎のドームが消えていった。
吹雪は止み、ここへ来たままの天気で、ホッと息を吐いた。
「ソフィア!」
「あ、ラファ――」
ギュムッとラファエルに抱きしめられ、私は目を白黒させた。
「触らせたの?」
「………へ!?」
「だから、俺以外の男にソフィアの胸を触らせたの!?」
「なっ!? なんて事言うのです!?」
騎士らに囲まれた場所で、一体何故そんなことを聞かれなきゃいけないのか!!
と、思ったけれど気付いた。
………火精霊のせいか、と。
私は羞恥心で顔を真っ赤にさせたまま、ふるふると首を横に振るしかなかった。
口に出して否定する事は出来なかったのだった。




