第56話 順調すぎて怖いです
ラファエルの許可を得て、早朝ラファエルの素振りの時間に私はラファエルの視界に入るところで、走っていた。
その間一月。
だいぶ体力もついてきて、前世の自分ぐらいの体力も筋力もついたと思う。
これでちょっとやそっとでは、足が悲鳴を上げたり転んだりしないだろう。
そして、ラファエルは私のアイデアを元に製作していた道具などを、次々と完成させていっていた。
源泉を国中に張り巡らせる為のパイプも、源泉を冷やす機械も、柄縫いできるミシンも、トラブルなく完成していっているらしい。
もちろんサンチェス国の甘味店も順調らしく、借金も少しずつ減っているらしい。
少し、というのは、パイプの材料集めに結構お金が必要なのもあるし、一月分の民の食物分が追加となっているため。
借金が加算したのだ。
だが、それでも返済できる見込みはある為、サンチェス国王は何も言ってこなかった。
影で常に探ってるんだろうな…
私の件は報告されてないことを祈る……
「ソフィア」
「…はぁ…何…?」
話しかけられ、走っていた足を止める。
「柄が縫える機械をテイラー国に持って行かせて営業させたんだけど」
………誰に?
前はラファエルが行っていたのに…
まぁ、今はもう安易にラファエルは動けないか…
「それを知ったテイラー国王家が動いた」
ラファエルの言葉にピクリと反応する。
「4日後、こっちに来る」
「内容は?」
「ランドルフ国の技術を普及させたいそうだ」
「………」
私はラファエルの言葉に眉を潜めてしまった。
ここは、やったと喜ぶべき事なんだろうけれど……
いくら手縫いより早く出来る機械だろうとも、それだけだ。
刺繍部分はテイラー国の人間が一番だし、美しい。
機械は一定の物を一定に生み出すのみ。
王家が動くほどのことではないと思う。
もっと魅力的な機械じゃないと、王家は動かないと思っていたのに…
………順調すぎて怖いな……
「機械の性質などの確認や、その他諸々。最終的に同盟結ぶなら、こちらに定期的に納めてもらう金額とか決める事になるだろうね」
「………因みに私は?」
「お留守番」
「やっぱり……」
まだ結婚してない私は、ランドルフ国王家としての謁見などには出席できない。
「他にテイラー国へ提案できる案はある? あるならそれをにおわすような言い回しをしたいんだけどね」
「そうだな……」
縫い物関係の機械……
………機械と限定されるとね…
「機械は今のところ思い浮かばないな……」
「機械“は”? 他に何かあるの?」
「縫い物関係って言えば、今主流は布に開けた穴に入れるボタンでしょ? でも金具に引っかけるようなホック、くぼみと突起を合わせるスナップボタン。平民向けのファスナーとか」
私のジャージもどきも、ボタンなんだよね……
ファスナーは基本侍女がいる貴族の服にしか使われないため、一般化されてない。
被服を作るテイラー国くらいしか取り扱ってないために、気軽に買えない。
ファスナーも隠さないといけない面倒くさい工夫も必要なため(見た目をよくするために)、敬遠されがちな物でもある。
ジャージって感じがしないのはこのせいだ。
ファスナー欲しい!!
「平民が繕いの時に可愛く出来る柄が刺されているアップリケとか、イニシャルアップリケとか。商品に関して言えば私が今髪留めている飾りとか、ミサンガとか」
「はいストップ」
ペラペラ喋りながら地面に図を書いていたのだけれど、ラファエルに止められた。
なんで止められるんだろ。
まだあるのに。
キョトンと見上げると、ため息つかれた。
何でよ…
「後で全部書類にして……」
………なんでそんなに疲れた顔で言うの……
顔を手で覆わないで。
「とにかく、まだまだ案はあるって事だね。その内容は言わないけど、こっちにまだ案があると匂わせておくよ」
「ちょっとは出した方が良いんじゃない?」
「だめ。こっちが有利になれなくなる。国はあっちの方が大きいから主導権を取られるとマズい。足下見られる」
「わかった」
そういう事は私の出る幕ではない。
国益関係はラファエルに任せるしかないのだ。
交渉なんか特に。
「頑張ってね」
「うん。その日はソフィアはちゃんと部屋にいてよ? 抜け出したら繋ぐよ?」
「わかってる! 本、借りてきても良い?」
「それぐらいだったら良いよ。ちゃんと騎士連れて――いや、侍女と行って。女の影付けとくから」
………自分がいないときに男性といるのは嫌なのね…
素直に頷いておきます。
「同盟、交わせると良いね」
「うん。そうすればもっと民に返せるからね」
「甘味配りは順調?」
「あと5日くらいで全員に渡ると思うよ。熱湯流すパイプを埋める工事は辺境の村からだから、あっちの方から配ったし。ちゃんと皆元気になっていると報告受けたし、一安心できるよ」
「そうだね。もう一人も餓死しないように…」
まだ目を閉じると民の亡骸が思い浮かぶ。
あんな事、もう絶対嫌だ。
事故や病気なら、多少なりとも諦めはつく。
でも、ただ単に食べ物がなくて亡くなってしまうなど、食べ物の国に生まれた以上、許せなかったし、悔しい。
あの時もう少し早ければ、そんな考えが消えてくれない。
顔が俯きかけたとき、ポンと肩を叩かれた。
「ソフィアが背負うことではないよ。俺が背負うべき事なんだから」
ラファエルは私の考えなどお見通しなのね。
「私はラファエルの婚約者なんだから、背負うよ。それに、ラファエルだけに背負わせておけるほど、私は無関心じゃないよ」
「ソフィアは責任感が強いから背負わせたくないんだよ。全部抱え込もうとするから」
「それはラファエルでしょ」
私達は顔を見合わせて、同時に苦笑した。
「さ、再開しようか」
「うん。そうだ! もうちょっと体力ついたらラファエルに剣を教えて欲しいな」
「それはヤだな。ソフィアの体にアザ作りたくない」
「アザ出来るの確定なんだ?」
会話しながら、私達は運動を再開した。
 




