第555話 聖女サマはダメでした②
私はラファエルの様子を精霊にお願いして見ていた。
そしてラファエルを怒らせていると判断して急いで応接室へ走った。
開いていた入り口の床が凍っているのに気付き、バッと入り口から中を見ると…
「ぁ……ぁ……」
尻餅をついたアイと、その前に庇うように膝をついてラファエルを見上げているガイアス・マジュが。
応接室の床も凍っており、その発生源はラファエルだと察する。
ラファエルの足もとが凍傷になってしまうのではないかというほど、凄い量の冷気を発していた。
ただでさえ機嫌が悪いラファエルを更に煽るとは!
「………何故あんなクソみたいな令嬢と俺が婚約しなきゃいけないんだ」
ブラックラファエルさん降臨しちゃってるじゃないか!!
他国王太子の前で素を出したらダメだって!!
ラファエルの、ランドルフ国の評価が悪くなっちゃうっ!!
「俺の愛しい女をあんな女と一緒にするな。お前らの不始末のせいで俺の宝が襲われることになっておきながら、見当外れの心配してんじゃねぇよ」
もう我慢の限界だったんですね!!
何もかも私が根源ですよ!!
私が最初に怒らせ、魔物に追いかけられ、血まみれで帰ってきて、何かを知っているのにはぐらかされて、聞き出せると思ってたら急な面会、襲われた女の心配されず、そして私ではなく別の女を婚約者と言われた。
私のせいで怒って感情を制御できなくなっているのは、ある意味愛されている証拠で、嬉しいけれども!!
………だからって精霊の力見せないでよぉお!!
「ら――」
「な、なんで!? だ、だってラファエルの婚約者はユーリアで、その婚約を破棄して――」
それ以上ラファエルを怒らせないで!!
私は彼女の後ろに滑り込んでその口を塞いだ。
ラファエルを止めるよりこっちが先だ!
床が凍ってたから、スライディングがこんなに上手くいくとはデキすぎだけれども!!
「むぐっ!?」
「だ、誰だ!? アイから離れろ! その者はっ」
「聖女だかなんだか知りませんけれども!」
ガイアス・マジュが慌てて私に言うが、言葉を遮るように私は声を発した。
「ここはランドルフ国です! ここではラファエル様の方が立場は上のはずです! ラファエル様を呼び捨てや、見当違いの意見は謹んでもらえますか!! これ以上ラファエル様を怒らせないで下さい!!」
私の言葉が効いたのか、2人はやっと口を噤む事が得策だと判断できたようだった。
………ってか王太子なら、ちゃんと聖女を制御しなさいよ!
2人が黙ったところで、私は立ち上がってラファエルを正面から見た。
………ちょっと足元が滑って、膝をつきそうになったけれども…
「………ソフィア、何故ここにいる」
………私の身体も凍り付きそうです!!
ラファエルの怒りはおさまっておらず、怒りがこもった視線で見られる。
でも、引きませんよ!!
「ラファエル様」
私の一言で、更に機嫌が悪くなったらしい。
部屋の温度が更に下がった。
………マジですか!!
注意した所なんですがね!!
来客者の前で私の素を出せと!?
それは得策ではないと思うんですけれども!?
………ラファエルが気に入らないと言うのなら、元に戻しますけれども!!
「………はぁ。ラファエル!」
突然私が怒鳴ったので、ガイアス・マジュもアイも、ガイアス・マジュの連れもビックリして私を凝視したのが分かったけれど、私はラファエルから目を離さない。
「なんでこんな事になってるのよ! ちゃんと来客くらい冷静に話して追い出しなさいよ!」
「だって、俺の婚約者がよりにもよってユーリア・カイヨウだって言うんだよ!? ソフィアを侮辱したあの王女! なんで俺があんな女の婚約者なんだ! 気持ち悪すぎて嘔吐しそうだ!」
「そんなに!?」
「しかもマジュ国の不手際でソフィアが危険な目に遭ったのに、ソフィアの心配なんてこれっぽちもしなかったんだよ!?」
ラファエルの言葉で、私が誰か分かったのだろう。
マジュ国組の視線が痛い。
「コレが婚約者!?」とでも思われてそうだ。
「私は私の騎士達のおかげでピンピンしてるわよ! むしろ騎士達の方が重傷よ!! ってかそれぐらいで怒らないでよ!!」
「それぐらい!?」
ショックを受けたのか、ラファエルからの冷気が更に酷くなった気がする。
「ラファエルの素を見せてくれるのは私だけじゃなかったの!?」
「「「「「「………は……?」」」」」」
私の言葉に全員がポカンとしてしまった。
………え……なんで……?
私の方がその表情をしたいわよ。
ふと気付けば部屋の状態は元に戻っていた。
床も凍っていない。
………ぇ……なんでいきなり…?
「………ソフィア?」
あ、ラファエルもポカンとしていて、怒りがどこか行ったんだ。
よかったよかった………いや、よかないよ!?
「だ、だって、ラファエルが素を見せてくれるのは私だけだと思ってたのに、こんな女にラファエルの素を見せてるから!!」
ビシッと未だに私の足もとに座っているアイを指差すと、アイの表情に怒りが見えた。
「こ、こんな女!?」
けれど無視です。
「それに!! 私以外見つめたら嫌って……言った……のに……」
プクッと頬を膨らませてみせると、ラファエルはポカンとした顔から、ぷっと吹き出した。
………いや、酷くない!?
だっていつものラファエルなら、笑みを浮かべながら辛辣な言葉で撃退してたでしょ!?
「ふふっ。ごめんごめん。ソフィアが可愛かったから」
ラファエルが歩いてきて私を抱きしめた。
「ヤキモチ、嬉しい」
至近距離で微笑まれたために、私の頬が熱くなっていく。
「も、もしかしてわざと…!?」
「まさか。そんなわけないでしょ。怒りを抑えられなかった俺の責任だよ」
微笑んだまま私の頭を撫でるラファエルは、完全に機嫌が直ったようだ。
ホッとする。
「マジュ国の者達に客室を。今日はもう帰れと言っても遅くなるだろうしね」
「………ぁ、まっ――!」
「私と話をしたければ、その令嬢の教育をしてからにしてくれるかな。私も私の愛しの婚約者も見下しているような者とは顔も合わせたくないんだ」
ラファエルは何故か私を見つめたままそう言い、私の腰に手を当てて部屋を出た。
後を託して私達は部屋へと戻ることになった。
「………ラファエル」
「何?」
「………精霊の力を見せて、よかったの……?」
「………よくないね」
苦笑するラファエル。
あの時のラファエルには、制御できなかったんだね。
申し訳なくなる…
「けど、彼も王太子だ。俺より年上だから、王の教育は受けているだろう。精霊のことも聞いて――いてくれるといいね」
苦笑するラファエルにもう何も言うまい…
「でも、素を見せちゃったし、害しようとしたことは失敗だね。俺もちゃんと王太子らしくしないと。まぁ今回のことはマジュ国の不備のせいで起こっていることだから、咎められても対抗手段があるから大丈夫でしょ」
一応は考えているみたいだから、ラファエルにお任せしよう。
そう思いながら見上げて笑うと、ラファエルも笑って私の唇を奪ってきた。
「………!?」
「ふふっ」
「こ、ここ、通路っ!!」
「したかったから」
サラッと言われて、カァッと顔が熱くなる。
何気に久しぶりすぎるラファエルとのキスは、私の羞恥心を煽った。
そんな私に満足そうに微笑みながらラファエルは私の部屋に入ったのだった。




