第551話 王宮への帰還
「ソフィア何処怪我した!?」
「え…ら、ラファエル…?」
私は全身血まみれの下半身びしょ濡れ。
決して綺麗な格好とは呼べないために、火精霊に私の部屋へ直接送ってもらった。
ヒューバートの手に捕まらせてもらいながら、火精霊から部屋へと窓から入った直後だった。
勢いよく扉が開いたと思ったら、必死の形相でラファエルが走り寄ってきて、躊躇なく汚れている私の頬に両手で触れた。
「ら、ラファエル! 汚れちゃ――」
「そんなのいい!! 何処怪我した!」
怒鳴られてビクッと身体が震える。
ラファエルの怒りが籠もった瞳に、何も言えなくなってしまう。
「落ち着いてくださいラファエル様」
「お前達が付いていながらなんでソフィアが血まみれになるんだ!!」
落ち着かせようと声をかけたオーフェスに、ラファエルが怒鳴る。
「こういう事にならないようにするのがお前らの仕事じゃないのか!!」
「………申し訳ございません」
頭を下げる4人の騎士を、見下ろすラファエルの瞳は冷たい。
「役立たずめっ!」
「ラファエル!!」
私を守ってくれたみんなに暴言を吐かれては、さすがに黙っていられない。
「みんなはちゃんと守ってくれてたもの!」
意識を向けるために、汚れた手なのにも関わらず思わずラファエルの服を掴み、胸元に縋りつく。
「ソフィアが怪我したら意味がない!!」
「怪我なんて1つも負ってないわ!!」
「………ソフィ――」
「これ全部返り血だもの!! みんなの方が酷い怪我してるの!! 私をちゃんと守ってくれたみんなを役立たずなんて言わないで!!」
ラファエルに口を開かせないように早口で怒鳴ってしまった…
でも、間違ってないもの。
みんなは全身傷を負っている。
騎士服は引き裂かれ、血が滲んでいるにも関わらず、痛みなど感じてないという風に、いつもどおりに動いてくれている。
今だって、頬を伝い落ちる血も、滲んでいる血も、気にせずラファエルに向かって頭を下げたままだ。
私は息を切らせながら滲む視界でラファエルを見つめる。
私を守って怪我をしているみんなを、これ以上痛めつけないでっ。
「………………本当に怪我してないんだね?」
固い声で言われ、私は迷わず頷いた。
はぁ…とラファエルは息を吐く。
「………取り乱して悪かった。ルイス、ソフィアの騎士の手当の手配を」
「はい」
「侍女らはソフィアを湯浴みさせて」
「「「畏まりました」」」
「ぁっ……」
離れて行こうとするラファエルに、行かないで欲しいと服を掴む手に力を込める。
「………何?」
「ぁ、の……」
あ、ダメだ……
いざラファエルを前にすると、何から話していいのか分からなくなった。
さっきはラファエルに落ち着いて欲しかったから、私も焦ってたしいつものように話せたけれど…
「1人じゃ心細い? じゃあ、一緒に入ろうか」
「………へ!?」
一瞬何を言われたか分からずに、思考が停止した。
「大丈夫。隅々まで俺が洗ってあげるよ」
にっこりと笑ったラファエルの表情は、それはそれは黒くて……
身体まで硬直してしまう。
そんな私にかまわず、ラファエルは自分の服の襟元に手を持っていき、服を……
………って!!
「ひ、1人で入れるから!!」
慌ててラファエルから距離を取った。
それにムッとする彼。
「俺と一緒にいたくないの?」
「そ、それとこれとは話が別だからぁああ!!」
私は慌てて隣室へと駆け込んだのだった。
ラファエルに背を向けた瞬間、ふっとラファエルが笑う声が聞こえたのは、気のせいだと思いたい。
カァッと赤くなってしまった頬は、暫く赤みが消えそうになかった。
『報告は全員が身なりを整えてからだ。騎士達も早く治療してやれ。ルイス、手配が済んだらローズ嬢を迎えに行っていい』
『………いえ、仕事がありますから行けません。それに彼らの話を聞いて現状も把握しなければいけません。影が送り届けてくるでしょう』
『いや真面目か。仕事は帰ってからでいい。それに把握するのは俺でいい。後で説明する。ローズ嬢はサンチェス国王の義娘だ。何かあっては遅い。もとよりこんな時ぐらい婚約者を優先しろ仕事人間』
『………畏まりました』
服を侍女に脱がしてもらいながら、隣の部屋の会話を聞いた。
そうだ…ローズを帰りに迎えに行くのを忘れてた…
怖い思いをしてないかな……?
急に私が消えて、心配させているだろう。
ルイスが迎えに行ってくれるなら、任せよう。
「姫様、お早く」
「ぁ……ぅん…」
私は侍女に促されて浴室に入り、頭からつま先まで侍女達に手分けして綺麗にしてもらう。
時間が経って髪に付いていた血はなかなか落とせず…
「………いいわ、切って」
「姫様!!」
「丁度切りたいと思っていたのよ。煩わしいし」
「王女が軽々しく髪を切ると言わないで下さいませ!!」
ランドルフ国に来たときは腰ぐらいまであったのが、そろそろお尻辺りまでいきそうなんだもの…
腰ぐらいまでついでに切って欲しかったのだけれど…
「表面を短くするぐらいなら、長さは変わらないでしょう?」
「………」
「どうせ結って隠してくれるでしょう? 分からないわよ」
「………畏まりました」
ソフィーが1度出てハサミを持ってくる。
私は綺麗に整えてくれるのをジッと待つ。
その間にラファエルにどう説明しようかと、ソッと目を閉じた。
………ん?
っていうか、ラファエルよく私が部屋に帰ってきたって分かったね……
ちょっと怖い…
ラファエルまでエスパーになっちゃったら…
と思ったけれど、水精霊が私が帰ってくる気配がすると伝えたのだろう。
うん、きっとそうだ。
私はそう納得した。




