第546話 やっちゃいました
「どうだった? 見習い達の様子」
帰ってきたラファエルに開口一番に聞かれて、一瞬固まってしまった。
………私、ラファエルに言ったっけ?
………言ったかな…?
「ソフィア?」
「あ、うん。ラファエルの案で成果が出てたよ。ちゃんと60人全員参加してた」
「そう。ありがとう」
にっこり笑ってラファエルがソファーに座る。
「これで祭りの準備に戻れるかな」
「え…?」
ラファエルの前にお茶が置かれ、それを飲みながら言うラファエルの言葉に私は首を傾げる。
「電車のことも一段落付きそうだし、スキー場建設も、リフトの設置ももう俺の手を離れてるからね」
「そうなの? よかった。ラファエルの負担が軽くなって」
ホッとして笑うとラファエルは苦笑いになる。
………なんで…
「ソフィアは、物の完成よりも俺のことだね」
「当然だよ。またラファエルが倒れることになったら、私サンチェス国に乗り込むって決めてるから」
「そのまま里帰りしないでよ」
「………」
その言葉に苦笑しながら何も言わずにいると、ラファエルが渋面になる。
確かに私が実家に帰るのは、ラファエルが倒れたときって言ったけど…
アレはラファエルを説得して、休んでもらうための方便だったんだけどな。
効果があるようだから、ここは否定も肯定もしないでおこう。
「え、ソフィア、本気で言ってる!?」
「ラファエル様が無理しなければいい話でしょう?」
にっこり笑うって言うと、真っ青になっていく。
………ぁれ……
「なんで敬語になるの!!」
………そっちか……
「絶対無理しないから帰っちゃダメ!!」
あ、こっちもか。
「その言葉、お忘れなく」
バサッと扇子を広げて口元を隠し、目だけで笑っているように見せた。
………あ、逆か。
目だけ笑ってないかもこれ。
「………ソフィア様、こぇぇ……」
「………お前、良かったな。訓練場で切られなくて」
「そ、その話は持ち出すなよっ!」
あ、騎士らがコソコソ何やら話している。
「………え、何……なんかあったの?」
ラファエルが真っ青な顔のまま、アルバート達を見た。
あ、かなりのダメージを受けているみたい。
やり過ぎた…
騎士達が引いてるよ…
「些細なことですわ。アルバートが訓練場の入り口を“わざと”壊したのです。よって、本人に弁償するよう通達しました。あ、フィーア。そういう事ですのでアルバートの給金から修理費を」
「畏まりました」
「フィーア!?」
あっさりフィーアが頷いたので、アルバートが焦る。
既にアルバートの給金の管理はフィーアが担当している。
つまり、2人のお金を自由に出来る権利はフィーアにあるのだ。
「大変申し訳ございません。私の婚約者がご迷惑をおかけしました」
「幸い被害は入り口だけですので。人に被害はありません」
「よかったです」
フィーアとのやり取りが終わると、アルバートが四つん這いになって項垂れていた。
自業自得だよ。
「そう。分かった。修理するよう手配するよ…」
「ありがとうございますラファエル様」
「………いい加減にしてソフィア」
あ……
怒りが籠もった目でラファエルに睨まれた。
慌てて扇子をしまって微笑み返すも、ラファエルの気はおさまらなかったようだ。
「ご、ごめんなさいラファエル」
「………アマリリス、食事を」
「は、はい!」
アマリリスが急いで出て行く。
やばい、マジギレかも…
「………俺今日無理してないのに」
「そ、そうね…」
「………俺がソフィアに責められる謂われはないのに」
「う、うん…」
「ソフィア」
「は、はい!」
ラファエルに呼ばれ、背筋を伸ばした。
嫌な汗が背を伝う。
「………今日は俺、自分の寝室で寝るから」
「え……」
意味が分からず首を傾げそうになり、思いとどまる。
ということは……ラファエルとは今日一緒に寝られない……?
え……
戸惑っている私を余所に、ラファエルはアマリリスが用意した食事を食べ、いつもなら眠る直前まで一緒に話して一緒に寝室へ向かうのに、私が食べ終えてないのに席を立ち出て行ってしまった。
唖然とその背中を最後まで見送ってしまい、扉が閉まってようやく私はハッとした。
「え……え!? 嘘……」
食事中にも関わらず私は席を立ち、足を踏みだそうとして出来なかった。
呆然とその場で立ち尽くす私を見て、従者達が一斉にため息をつく。
「やっちゃったなぁソフィア様~」
「お怒りでしたねラファエル様」
「いつもなら眠る前にイチャつくのにな」
その言葉にも反論できず……
慌てて部屋を飛び出し、ラファエルの部屋の元まで走ってノックするも、反応は返ってこなかった。
鍵がかかっているらしく、押しても引いてもビクともしなかった。
「………私……もぅ……ラファエルと一緒じゃないと……眠れないのに……」
ラファエルに抱かれて眠るあの温もりがないと。
自分がラファエルを怒らせたのは分かった。
その原因も思い当たる。
「ご、ごめんなさいラファエル! あ、謝るから! 悪ノリしちゃってごめんなさい! 許して…」
何度声をかけようとも、目の前の扉は開かれることはなかった。
涙目になって、咄嗟に顔を俯ける。
付いてきた騎士らに見られたくなかった。
随分時間が経った後、騎士達に引きずられるようにして部屋へと戻った。
その夜は、眠れなかった。




