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第535話 ただの王女ではいられない




ローグ・ディエルゴとローム・ディエルゴがラファエルの罰を終えて私の前に現れた。

けれど、ラファエルからの罰を受けても、ローム・ディエルゴの方はまだ罪人としてではなく、公爵家の者としての態度を改められないようだった。

アルバートに突き飛ばされる形で尻餅をついたまま、私の視線にも固まっている。

………あのねぇ。

公爵家の者としてのプライドがあるならば、私の視線ぐらいで、下の者の暴挙ぐらいで固まらないでよ。

アルバートの行為は正当で、けれども私が指示したわけではないから、偉そうな態度を取るならその揚げ足を取って、刃向かうぐらいはして欲しいものだ。

ジェラルドやオーフェスにされたのならまだしも、多分未だ平民だと思っているだろうアルバートにされたのだから。


「………立ちなさい」

「っ!」


ビクッと身体を震わせ、ローム・ディエルゴが立ち上がった。

顔色は悪い。


「ローグ・ディエルゴ」

「は、はい!!」


ジェラルドの傍で硬直していたローグ・ディエルゴに声を掛けると、こちらもビクッと身体を震わせた。


「ラファエル様からの罰は何だったのです?」

「っ……」


私の質問に息を飲み、視線を彷徨わせた。

なかなか口を開かないローグ・ディエルゴに、私はそんなに厳しい罰だったのかと少し哀れみを持ってしまいそうになった。

そんな同情心は無意味だと即考えを捨てたけれど。


「どうしたのです。自分が犯した罪による罰なのですよ。わたくしに話せない理由などあるはずがないでしょう? 潔く罪を認める行為に、言い淀みなど許されませんよ」

「っ………こ、これも罰なのですか…?」

「何故躊躇うのです? ラファエル様の罰を全うしたのなら、恥じることなどありませんでしょう? 罪を償ったと思ったからこそわたくしの前に姿を見せたのではありませんか? 言い淀むことそれは即ち、自分たちの後ろめたさを示すことに他なりませんわよ。――ラファエル様からの罰から逃げてきたのではないか、とね」


ニッコリ笑って言えば、ローグ・ディエルゴは唇を噛んだ。

フルフルと震えているのは何故だろうか。

言い渡された罰を全うしたのなら、何も恥じることではない。


「お……」

「………お?」


口を開いたり閉じたり。

一言言ってはまた躊躇う。

一体何だというのか。


「………………………汚物処理、です……」


シンッと私の部屋の音がなくなった。

アマリリスが改めて私にお茶を用意する音さえ。

皆の呼吸音さえ。


「………ぷっ」


最初に噴き出したのは誰だったか。

その声をきっかけに、次の瞬間には私の部屋に笑い声が響いた。

私は王女らしさを保つために、慌てて扇子を取り出して口元を隠した。

けれど騎士達は盛大に、隠すことなく笑っているし、侍女達は背を向けて肩を震わせている。

暫く笑い声が絶えず、私は話せる雰囲気になるまで待った。

そもそも私も気を抜くと大声で笑ってしまいそうだったし。

再び話せるようになるまで、30分はかかってしまったけれど。


「………こほんっ」


笑い声がおさまり、私は咳払いをして改めてローグ・ディエルゴを見た。


「罰を受けたのなら、少しは民の苦労が分かったかしら?」

「………」

「その仕事をしながら生計を立てている民もいます。その者達より上に立っているのに、その者達に生かしてもらっているのに、その者達に手を差し伸べることなく、身内ばかり考えて行動した結果が、貴方達にそのまま返ってきていることを自覚なさい」


チラッとローム・ディエルゴに視線を向けるが、視線が合わさることはない。

じっと下を向いて何を考えているのか。


「貴方達は王家の血を引いているのですよ。王直系でなくとも、公爵家の肩書きを持っていても、王家の下におり、公爵家よりも上にいた。下の者達の模範にならなければならない貴方達が、外に目を向けないことはそれだけで罪です。周りの声を聞こうとしない、背後関係を知ろうともしない、身贔屓行動で身内まで巻き込んで反省の色無し。よって、これから貴方達は公爵の名を名乗ることは許しません」

「「なっ!?」」

「ただのローグとロームになり、何の肩書きもなく生きること。それが貴方達に与えるサンチェス国からの罰です」


感情のない目で見据えると、当然喰ってかかってくる。


「横暴だ! いくらなんでも王女のおばさんにそんなこと決められたくねぇ!!」


ロームが私に掴みかかってこようとしたけれど、アルバートに羽交い締めされる。


「ぼ――わ、私も納得がいきません! 確かに、私達はおば――ソフィア王女に無礼を働きました。ですが、罰を下すのは王です!」

「………」

「ソフィア王女の感情だけで罰せられるのは――」


スッと音もなくローグの首筋に刃物が突きつけられた。

その持ち主は、意外なことにオーフェスだった。


「それ以上の直答は許されません」

「っ!?」

「ソフィア様はここ、ランドルフ国ではサンチェス国民が罪を犯した場合は、王の名代として罪を裁く権利を王から直々に賜っています」

「はっ!?」


動けないローグは目を見開き、ロームはオーフェスに勢いよく顔を向けた。


「ソフィア様の裁決は、サンチェス国王の裁決と同義。既にソフィア様は貴方達に罰を与えました。平民の貴方方は王族であるソフィア様に直答できる立場ではない」


2人は青ざめ私を見るも、もう私は彼らを見ていなかった。


「アマリリス、次のお茶はサンチェス国の緑茶がいいわ。お茶菓子も付けてもらえるかしら? さっき食べられてなかったし」

「夕食前ですよ姫様?」


呆れた顔をしながらも、お茶菓子を用意してくれるアマリリスに笑顔を向ける。


「甘い物は別腹ですわ」

「姫様ったら…」


クスクス笑い合う私達に、ロームが殺気を向けてきたけれど、そんなことをすればどうなるか分からないのかしら。

ロームの首筋にも剣が突きつけられた。

こっちはヒューバートだ。


「我が主に敵意有りと認識しました。ソフィア様、飛ばしてよろしいですか?」


サッとまた真っ青になるローム。

ちょっとは学習しろ。


「そんな物騒なこと、ここでやらないでちょうだい。ちゃんと王宮の外の路地裏とかでやって」

「なっ!?」

「身内をそんな簡単にっ!!」

「身内――?」


私は改めて2人を見た。

ひっ!? と顔を引きつらせる2人を見ても、何も感じない。

だって、もう血族じゃないもの。


「わたくし、平民に身内はいないのよ。わたくしの身内はサンチェス国王と王妃とレオポルド王太子と王太子妃だけですもの」


暗に2人の父親も既に身内ではないことを示す。

また2人は目を見開き、おそらくサンチェス国での父親の処罰を察した。


「サンチェス国に帰るなり、ランドルフ国で野垂れ死ぬなり、勝手になさい。勝手に来たのだから、後は好きにすればいいわ」


手を振ると私の騎士らが2人を連れて出ていった。


「………よろしかったのですか?」


フィーアが気遣わしげに私に問いかけてくるも、私は躊躇わず頷いた。


「ラファエルの罰を受けて、反省してたら良し。反省してなければ平民に落とす。そう決めてたからね」


だから嫌だったのだ。

彼らを見るのが。

見なければ、そんな判断をしなくて良かった。

けれど、2人の顔を見た瞬間に腹は括った。

公爵家の誇りをはき違えている彼らには、リセットさせるしか方法はない。

何も肩書きがない状態で、どう生きるかは彼ら次第。

公爵家に入ってくるお金は、自分たちの贅沢は、自分たちの立場は、それ相応の事を要求されていることの報酬だと、気付かなかった彼らの罪は重い。

牢に入れられ、自分たちの行動を顧み、心底反省し、ラファエルの罰を受け入れる。

それが出来なかった、他国での罪の重さを自覚できなかった彼らには、例え未成年であっても許されることはない。


「姫様はそれでも許されるのかと思っておりました…」


フィーアの言葉に私は苦笑した。


「以前の私なら、そうしたかもしれないわね…」


罪人2人を引き込んだときの私のままなら。

けれど…

ドレスのポケットの上に手を置いた。

固い物の感触を確かめる。

お父様の代理人として、お父様に顔向けできないようなことは出来なかった。

罪人の前では、ただの王女ではなくなったのだ。

プレッシャーという名の重りが、肩を重くする。

私はゆっくり目を閉じて、お茶に口を付けた。

そのお茶は、いつになく私の口内を苦く苦しくさせた。


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