第534話 ついに来た
ラファエルが無理しないようになって2日後。
午後のティータイムの時間、庭園の空気がピンと張りつめた。
私はお茶が入ったカップを持ったまま一瞬固まり、ソッと元の位置に戻した。
『――主様』
「………大丈夫」
サァッと風が吹き、庭園の花たちの花びらが散っていく。
風が止んで私は王宮へ続く道に視線を向けた。
そこには2つの小さな影。
久しく見ていなかった私の血縁者。
ローグ・ディエルゴとローム・ディエルゴがそこにいた。
2人は小綺麗なものの、顔色は悪い。
………相当ラファエルの罰がキツかったと察せる。
けれども私がそれで甘くすることはない。
血縁者だからこそ、甘い顔を見せられない。
「――何用です」
鋭い視線を向けると、2人の身体はビクッと震える。
「っ……」
「ら、ラファエル様から、後はおば――ソフィア王女の指示を、と」
………今確実におばさんと言おうとしたわね。
内心呆れながら私は表情を崩さずにまたお茶に口をつけた。
「――そう。わたくしはお茶の時間です。控えていなさい」
「なっ!?」
「分かりました」
噛みつこうとしたロームをローグが止め、私の騎士らが待機している所へと下がっていく。
さて……どうしようかな。
「姫様、お茶のお代わりを」
「ありがとう」
アマリリスが頃合いを見計らって新しいお茶をくれる。
本当にアマリリスは変わったよね。
彼女のように変わってくれたらいいんだけどね。
そうもいかないんだよね。
なにしろ、タイミング良くお兄様からの手紙が昨日私の元に届き、彼らの父のサンチェス国での処分が書かれていたから。
アーク・ディエルゴの王族除名処分。
つまり、お父様は弟であるアーク・ディエルゴを勘当、身内ではないと決めたということ。
公爵家からの追放はなかったようだけれど、国中に周知されるために、今後ディエルゴ公爵家自体が、他の公爵家『ギュンター公爵家』『コール公爵家』『ギャレット公爵家』から劣ってしまうだろう。
発言権が弱くなった、と言ったら分かるだろうか。
王弟であろうが、公爵の名が付いている以上、公爵家と同位の発言権はあった。
けれど今後国のための発言をしても、他の公爵家のようには受け入れにくくなったということ。
つまり、他の公爵家からも見下され、下位の貴族みたいな扱いになるだろう。
他の貴族位にも後ろ指を指されるかもしれない。
ギュンター公爵家は東の公爵でローズの生家。
ギャレット公爵家は北の公爵でジェラルドの生家。
そしてコール公爵家は西の公爵家でオーフェスの生家だ。
お兄様の手紙にはそれだけだった。
前に言っていたとおり、双子の処罰は私に任されるらしい。
………ヤだなぁ…
私、人を裁けるほど優秀な人間じゃないし…
初めての執行が自分の血縁者なんて…
私情入っちゃうのは確実だし…
甘すぎてはダメ、厳しすぎてもダメ。
そんなこと、私にさせないでよ…
「………ふぅ」
2杯目を飲み終え、アマリリスが近づいてくるのを手で遮り立ち上がる。
その場から王宮内へと足を向けると、背後では王宮侍女がカップを片付け始める。
「ジェラルド、2人を連れてきて」
「はい」
………ぉぉ。
ジェラルドが普通に対応してる。
やっぱりサンチェス国公爵家同士だから、見本的な?
………いや、出来るなら普段からそうしててよ!
そう思ったのは絶対に正しいことだろう。
部屋に向かう途中で何人もの使用人とすれ違う。
皆私の姿を見ると端によって頭を下げ、私が通り過ぎるまでそのままの姿勢だ。
その途中、私は足を止めないまま指摘する。
「そこの花の角度が悪いですわ。こちらから見ると萎れて見えます」
「申し訳ございません!!」
「そこの窓に洗剤跡があります。後で拭いておいてね」
「申し訳ございません!!」
………う~ん……虐めてるみたいで嫌だな…
でも、本当のことだし…
うん、気にせずいこう。
「あら、ラン」
「はい」
「この間の針子見習いに出した見習いの者の様子はどう?」
「針仕事なら何とか出来ているようです」
「そう。じゃあ今後針子見習いも募集しようかしらねソフィー」
「畏まりました」
そんな会話をしながら私は部屋へと戻った。
そしてソファーに座って、全員が入室して扉が閉まるのを待った。
扉が閉まると、何故か当然のようにローム・ディエルゴが私の向かいのソファーに座ろうとする。
チラッとアルバートを見ると、素早くアルバートがロームの首根っこを掴んで後ろ手に放った。
「うわっ!?」
ローム・ディエルゴが尻餅をつく。
「ぶ、無礼者!!」
「どっちがだ。ソフィア様の許可なく勝手に座ろうとする無礼者はそっちだろうが」
巨体なアルバートに睨まれながら見下ろされ、ビクッとロームが身体を震わせる。
ローグはアルバートの視線に震えながらも、ジェラルドの傍に立ったまま動いていない。
「いつまでも公爵家のままでいるなら、その考えを捨てる事ね」
「え……」
「貴方達は罪人です。その罪人が、今まで通り周りが尊重してくれるとでも? 恥を知りなさい」
私の感情がない視線を真っ直ぐに受け取れなかったローム・ディエルゴは尻餅をついたまま、ガタガタ震えた。
………そこで粗相はしないでよね。
私は隠すことなくため息をついたのだった。




