第530話 思い違いです
コンコンとノック音がする。
入室許可を出すとゆっくりと扉が開いた。
「………失礼致します」
入室してきたのはルイスで、ラファエルが休憩しているかどうか確認しに来たようだった。
私の膝枕で眠っているラファエルを見て、目を見開いた。
「………何用です」
「っ……ラファエル様が休憩の時間を過ぎてもお戻りにならなかったので…」
私がまだ怒っているのを察したのか、ルイスが息を飲むも告げる。
「今日はもう仕事は禁止です」
キッパリと告げると、ルイスが眉を潜めた。
今日は引きませんよ。
私だって、王族なのだから。
「貴方は反省という言葉を知らないのですか。今まで無茶してきたラファエル様をこれ以上酷使することは許しませんわよ。国の一大事じゃあるまいし」
「い、一大事です。サンチェス国――いえ、メンセー国と同盟を結べるかどうかの瀬戸際ですから」
「………へぇ?」
私は首を少し傾げた。
そしてチョイッと手を動かして書類を取ってもらう。
ラファエル案の一覧だ。
「これだけの事をするには、わたくしの計算上、年単位の期間が必要ですけれども、それを後1月以内でするおつもり?」
「………」
ひらひらと書類を揺らす。
「ラファエル様にも困ったものですが、ルイス、貴方も相当周りが見えておられないようですわね」
「………ソフィア様に言われたくはありませんが」
「わたくしの言を聞き入れたくないのは分かりますが、今回は聞き入れて頂きますわ。ラファエル様もでしたけれど、ルイスもメンセー国王――いえ、サンチェス国王の真意をはき違えておられますから」
「………はき違え、でございますか……?」
「実現できるかどうかは二の次です。ラファエル様の国を思う心と、改国しようとする努力の姿勢を見られています。無茶して倒れてまですることではありません。それで言うならわたくしの父も、それこそ馬車馬の如く働いて、倒れてなければ対等ではありません。口にするならまずご自分で実行するのが筋でしょう。正しいことを言っても自分が動かないのなら、それはただの身勝手。机上の空論。そんなもの、民にとって何にもならないのですから、そんなくだらな考え暖炉にでもくべて燃やして欲しいと思いますわ」
私の言葉に顔色を悪くするのは目の前のルイスだけではない。
サンチェス国出身の騎士らも顔色が悪くなった。
「試されているからと言って、倒れて、最悪の場合過労死してしまっては、元も子もありません。貴方達はランドルフ国を潰す気ですか。統率する者がいなくなれば、現在のランドルフ国などすぐに無くなってしまいます。今必要な人を潰そうとしている点で言えば、父もルイスも変わりありません」
感情のない目で見やれば、ルイスは気まずそうに視線を反らした。
たまにルイスもこうなる。
ラファエルの血筋なのだと分かるなぁ。
でも、ラファエルを止める立場の貴方が、ラファエルと共に積極的になってどうするの。
いつも完璧に執務するルイスは何処に行ったの。
同盟という餌に食いついてどうするの。
「わたくしに国政のことは分かりません。けれども、今この状態は間違っていると断言できます」
「………」
「ラファエル様とルイス。2人の――いえ、ランドルフ国の歩く速度で改国してくださいませ。それでメンセー国と同盟を結べなければ今回は縁が無かったということ。それでも良いではないですか」
「なっ――!? ど、同盟をそんな簡単に考えないで頂きたい! 我々は弱小国。大国との同盟は願ってもない好機なのですよ!?」
ルイスに怒鳴られるも、私は動揺しない。
そしてそのルイスの怒鳴り声でさえ、ラファエルの意識は落ちたまま。
どれだけの無理をしたのか。
私にとって同盟とか国とかどうでもいい。
ラファエルが潰れなきゃいけないことなら、そんなの無くなってしまえばいいとさえ思ってしまう。
けれど王族としてそれは決して思ってはいけないことだから、口には出さないけれど。
「それに失敗すればソフィア様を奪われるラファエル様の気持ちも考えて下さい!」
睨みつけられるも、私は怯むことはない。
だからそこも違うんだって。
「………メンセー国と同盟を結べない、そしてわたくしが国へ返される。何故それが同一条件になっているのです?」
「………は!?」
「わたくしが国へ返されるかもしれないことと、同盟の件は別物ですわよ?」
「え……いや、しかし……」
動揺するルイスに困ってしまう。
「父がラファエル様を試しているのは、案を出せるかどうか、国のことを考えられるかどうか。それが出来ないのであればわたくしは国へ返される」
「………はい」
「今の言葉の中に、メンセー国との同盟の件は入っていましたか?」
「………ぁ……」
そう。
ここを間違ってもらっては困るのだ。
私が返されるかもしれないことと、同盟の件は別物。
お父様が私にしか手紙を送るなとメンセー国王に依頼したのは、確かにお父様の指示。
それはお父様がラファエルを試したいから。
けれどお父様はメンセー国王に対して、ランドルフ国と同盟を結ぶな、と言ったわけではない。
同盟は国同士のことであり、他国の王が口を出せることではない。
メンセー国王がランドルフ国に同盟を持ちかけたら、そしてラファエルがそれに頷けば同盟は成る。
「同盟自体はメンセー国王が“前向き検討中”であり、今回わたくしの父に認められる事とは別件。正式にメンセー国王から同盟の条件としてと突きつけられた案件ではないのよ」
ルイスが力が抜けたように床に座り込んでしまった。
「ルイス。貴方らしくもない。同盟のためにラファエル様ががむしゃらになっていると思っていたのですか? ラファエル様はわたくしを国に返されないように、サンチェス国王に認められたかっただけなのですよ。メンセー国王が国の経済を半分立て直すまでに」
「………」
「これだけの案を出せたのです。父は認めざるをえないでしょう」
私は私の膝の上で眠るラファエルの頭を優しく撫でる。
「後はゆっくりとやれればいいのです。そしてメンセー国から“正式に”ラファエル様に同盟話を持ちかけられたら、その時に動けばいいのですよ」
「………申し訳ございませんでした……私は同盟の事で頭がいっぱいになっていたようです」
ルイスがゆっくりと頭を下げた。
分かるけどね…
「ラファエル様とルイスの見ているところが違い、それぞれ自身も相手も追い込んでしまった結果ですわ。――ルイスが国を思い、同盟国を増やそうと思ってしまう気持ちも分かりますが、少し冷静になって下さいませ」
「………お恥ずかしい限りです」
ルイスが珍しく頬を染め、頬を指で掻いた。
おお……!
ローズがいなくて残念だ。
ラファエルも年をとったら、ルイスみたいになるのかな。
ダンディおじ様みたいな。
………ぅ……想像したことを後悔した。
その時もまだ私は照れて顔を赤くするのだろうか。
「でも珍しいわね。ルイスがこんな事になるなんて」
諫めるのはこれぐらいでいいだろう。
私は口調を元に戻した。
あ~……どっと疲れた…
立て続けに説教か…
私そんなに偉くないんだけどな…
自分も間違うから、他人に――ましてや王太子と宰相に説教なんてしたくなかったけど、この2人が暴走したなら私が止めるしかないじゃない…
もうこれっきりにして欲しい。
「………同盟もですが、ソフィア様が国に戻られますと……」
「………?」
私は首を傾げるも、数秒考えてピンときた。
「ローズは私と違って純粋な王家じゃないから、お父様は関与しないし、婚約も解消しないと思うよ」
言えばルイスが咳払いして誤魔化した。
ちゃんとルイスもローズを想ってくれてなによりだ。
「………ですが、ローズ嬢はソフィア様の為にこちらにいらしてますから、ソフィア様が国に戻られますと付いていくかと」
「どうかな? もしそうなったとしても、サンチェス国は私の生まれたところだから、心配ないと判断するわよ」
ルイスが困った風に笑うと同時に、グイッと下から私の髪が引っ張られた。
「いっ……!?」
慌てて下を向けばラファエルが目を開いて、少し強めに私の髪を引っ張っていた。
………ぁ、見るんじゃなかった……
「………何でソフィアが帰る話になってるの」
般若顔のラファエル様が降臨なさっていました!!
ひぃ!! となりながら、私はラファエルの機嫌を直すことに集中せざるをえなかった。
なんでこんな時だけ聞いてるかなぁ!?
困っている私を余所に、ルイスがしれっと壁際に移動し、壁と一体化するように気配を消すのを恨んだのだった。




