第53話 日課に付き合います②
ラファエルに抱きかかえられて移動した先は――
「う、わ……」
思わず絶句してしまった。
良い意味で。
「ソフィアもここ、好きになるでしょ」
ニッコリ笑って言われた。
コクコクと言葉が出ずに、高速で首を上下に振った。
目の前に広がる空間。
王宮の一室であるこの場所は、謁見室の2倍…いや、3倍はあると思う。
「こ、こここここ、私も利用して良いの!?」
思わずラファエルの胸元を掴んで聞いてしまう。
それだけ私は興奮していた。
「いいよ。好きに利用して。俺の許可あれば入室自由だし」
笑ってラファエルが頷いてくれる。
「じゃ、じゃあ早速!!」
「ダメ」
ラファエルの腕の中から飛び降りようとして、ラファエルに抱え込まれる。
「何で!?」
「足」
「………ぁ…」
「動き回っちゃダメでしょ?」
「で、でも、こんな魅力的なところに連れてきておいて、動き回っちゃダメって拷問なんですけど!!」
私は傍に侍女も騎士もいるのにも関わらず、素で話してしまっている。
でも、そんな事は今どうでもいい!
私はこの空間で動く許可を貰わなければ!!
「拷問でもダメ。欲しいものがあったら俺が持ってくるから」
「全部見て回りたいんだけど!!」
「それもダメ。物理的に不可能でしょ。時間的に」
「ずっとここにいる!!」
「ダメ。夜はちゃんと寝て、ご飯も食べて、お茶もすること」
「酷い!!」
ラファエルが鬼だ!!
「本は逃げないよ」
そう。
私がラファエルに連れてこられたのは、空間いっぱいに収められた本があるところ。
ランドルフ国王家貯蔵の図書室だった。
いや、最早図書館。
いや、図書館より凄い。
世界中の本があるのではないかというほどの量があって、本の宝庫。
学生時代に図書室に入り浸っていた私。
今すぐこの空間にこもって一生読みふけっていたい!!
物理的に不可能なのは分かっている。
私は王女だし、ラファエルの婚約者だし。
ランドルフ国何とかしないといけないし。
でも!!
今の私は休暇中!!
休暇中ぐらい入り浸っていたい!!
「逃げないけど!! 読みたい!!」
「何系?」
「ええ!? ………すぐには決められない!!」
「じゃあ学生の時読んでた、物語とかミステリー系にする?」
スタスタとラファエルが私を抱えたまま歩き出す。
「………いや、怖い。なんで読んでた物知ってるの…」
「ずっと見てたって言ったでしょ。タイトル覚えて後で同じの読んでたんだ」
………だから、怖いって。
ラファエル、それ一歩間違ったらストーカーだから。
「勿論学生時代には読む時間なかったから、こっちに帰ってきてからここにあるかどうか探して読んでたけど」
………記憶力良すぎでしょ……
「おかげでソフィアの新たな一面見れたんだけどね」
「え?」
「だってソフィアって学生時代も王女って態度を崩せなかったでしょ。課外授業は別にして。授業態度は至って真面目。休憩中も淑女の見本となるような態度。隙が無かったって言えばいいか」
「お堅い女って感じ?」
「だな。図書室でも国のためになる本や、それ関係に準ずる本を読んでいるんだと思ってた」
「うっ……」
思わず言葉に詰まってしまった。
ラファエルが私が読んでいた本を読んだのなら、淑女が読むような本ではない事を知られているだろう。
前世の記憶が戻る前も本の系統は変わらず、ラファエルが言った物語系やミステリー系を読んでいたのだから。
………私の、前世の私が好きだった本と同じ系統を。
それを知ったことで、私の好きな本が、系統が、ラファエルに知られたって事で……
「………嘘つき」
「え? 俺、嘘ついてないけど?」
「………私のこと何も知らないって言ったくせに……」
「………ぁ……」
ラファエルも今気づいたらしい。
「ごめん」
「………何に対して?」
「無意識に嘘ついて。嘘は嫌いって言っておいて」
………ぁぁ、そっちなのか……
私はガックリと項垂れた。
ストーカー行為はラファエルの中で許容範囲なのか…
………別に良いけど…
「………で? 淑女が純愛ラブストーリーを熱心に読んでたって、笑ったの?」
「笑わないよ。政略結婚が当たり前のこの世で、恋愛に憧れるのはソフィアだけじゃ無いよ。俺もだし、貴族令嬢達も夢見るだろ」
「………」
「逆にチャンスかも、って思って妄想膨らませそうになってたのを抑え込んでた」
「チャンス?」
何の?
首を傾げると、ラファエルが微笑んで私を見た。
「俺を好きになってくれる可能性があるかもしれない、と。夫婦になるならちゃんと気持ちが通じ合っていた方が良いしね? ソフィアとまた会えたとき、まだ婚約者がいないと知ったとき、妄想が現実になるかもしれないと、さらに期待した。そして俺を好きになってくれた」
………あ、の……
聞いている方が、恥ずかしいんですけど…
「ソフィアの好きな本、俺も好きだ。だから、諦めないで俺と恋愛して欲しいんだよね」
「ラファエル……」
「ソフィアは王女だけど、ソフィアという一人の女の子なんだから、何もかも諦めずに好きなことは好きと言って欲しい。ここは、ソフィアの好きな本が沢山ある。――少しはソフィアの頑張りに報いることが出来てれば良いけどね」
「充分だよ!」
これ以上に、私にとってのご褒美はそうないと思う。
「これで俺のこと、一つ知れた?」
「?」
「好きな本の系統。ソフィアと一緒だよ」
「う、うん」
………それは、ある意味洗脳では……
私が好きだから私の好きな本の系統を好きになった、という…
………まぁ、いいか…
私は苦笑して、ラファエルに抱きかかえられたまま、私が好きな系統の本棚の所まで運ばれた。
私の本性に固まっている侍女と騎士の存在を忘れたまま――




