第529話 意味をはき違えないで
私は現在半目だ。
なんでかって?
だってようやくラファエルが休憩時間に顔を見せたのだもの。
私の不満を聞いてもらわなきゃいけないし。
アマリリスが運んできたお茶に口を付け、改めてラファエルを見る。
彼は私と視線を合わせようとしない。
なんでよ。
「………ラファエル様」
声を掛けるとビクッとラファエルの肩が揺れる。
別に悪いことをしたと思っていないなら、堂々としていたらいいのに。
だって、思ってないから今まで休憩取っていないのだろうし。
「わたくし、眠るときはラファエル様をお待ちしておりますから、帰ってきて下さっているのは知っておりますよ」
「………うん」
「ですが、朝起きたときは既にいらっしゃらないし、休憩時間に顔を見せて下さることもありません」
「………」
「ですからわたくし、ラファエル様が何時間の睡眠をとって、何分の休憩をお取りになっていらっしゃるか、把握できないのですけれども」
「………」
「ちゃんと休まれておりますわよね?」
ニコッと笑顔を見せて聞いているのに、何故ラファエルは沈黙なんでしょうかね。
「目の下のクマが、最近濃くなってきているようですが」
「………」
「お父様に認められるように頑張っておられるのですから、“多少”の無理は必要なのでしょうが、わたくしの元に休憩を兼ねて来て下さらないラファエル様の行動だけで申し上げますと――それは過剰労働しているのだと判断せざるをえないのですが、勿論そんなことございませんわよね? わたくしの思い過ごしですわよね?」
ラファエルの頬に汗が流れるのを見た。
まだ視線を合わせてくれないラファエルにため息をつきたい。
自分が間違っていないからなのか…?
でもそれなら目を反らす必要はない。
つまり、ラファエルもやましいところがある、と。
「………先程ルイス・ランドルフ宰相が、ラファエル様の案を纏めた物をお持ち下さいましてね」
ピラッと書類を手に取ると、ハッとし、ようやくラファエルが私の方を向いた。
目を見開いて。
――嫌な予感がしたのかしら?
「ラファエル様が何も仰って下さらないのなら――」
「ちょ、待ってソフィア!!」
ラファエルが立ち上がって私の、書類を持っている手に自分のを重ね、下げさせられる。
「ごめん! 集中しすぎて休憩取ってなかった俺が悪かったから! ソフィアは助言しないで!!」
「だったら最初からそう認めて下さいまし」
眉を潜めると、ラファエルがまた視線を反らし、ごめん、と謝った。
「ラファエル様、わたくしは貴方に意地悪をしたくて申し上げているわけではありません。たとえお父様に認めてもらおうとしてのことだとしても、ラファエル様が倒れられたら誰がこの国を支えるのですか」
「………」
「わたくしには無理ですわよ。ルイスに託すつもりですか? でしたら、わたくしはルイスの元に嫁げばよろしいのですか?」
「絶対にダメ!!」
ギリッと痛いぐらいに手を握られた。
でも表情は変えない。
だって、ラファエルに分かって欲しいから。
何度も言い聞かせて、ちゃんとやり過ぎない範囲で仕事をして欲しいから。
「ラファエル様、わたくしは所詮、王女でしかないのですよ。お父様やメンセー国王など、皆様が認めて下さっているわたくしの案は、ただの案でしかないのです」
「………ソフィア?」
「わたくしの案が皆様に認めてもらえるようになったのは、ラファエル様や技術者の皆様の実現力のおかげなのですよ。その功績を認めて下さらないお父様を、ラファエル様が身体を壊してまで認めさせる必要が何処にあるのですか」
「………っ! だってそうしないとソフィアがいなくなるじゃないか!!」
ラファエルが泣きそうな顔になり、叫んだ。
私の手は解放された。
代わりにラファエルは自身の拳を握る。
凄く力が入っていそうだ。
アレから私は精霊を動かして、お父様の真意を確かめに行かせた。
お父様が最終的に確認したがっていたことは、ラファエルが、ランドルフ国が、私がいなくても案を出し、開発し、国を発展させられるかどうか。
従って単純に考えれば、案を出せるかどうかを見られていたのであって、最終的に生み出して、実用可能にして、国が豊かになるのを見る事ではない。
だって、実用可能で、しかも国が豊かになるかどうかなんて、普通に考えてメンセー国経済回復までに判断できることではないのだから。
私がいなくても、ラファエルは国のための案を考えられ、ランドルフ国を発展させられるかどうかを見られている。
あれだけの案を自分で出せたラファエルを、認めないとは言わせない。
ラファエルが何も国のための案を出せない、無能な王太子だとは言わせない。
メンセー国にも精霊を向かわせ、様子を見れば、経済は右肩下がりだったのが右肩上がりに変わってきている。
行商人が他国に持ち込んだ少量の布も瞬く間に売れていっているという。
………こんな状態で、経済が半分回復、などと条件を付けられたら、ラファエルが焦るのは分かる。
分かるけれども。
「………ラファエル様、無理矢理行えば、取り返しが付かないことになりますよ」
「………ぇ……」
「………根を詰めて作った機械が、欠陥品だった場合、大事故に繋がってしまいます」
「それは……細心の注意を…」
「………そんなふらふらな状態で仰られても、信用できませんわ」
ラファエルの足もとは心許ない。
力なくソファーに座るラファエルの意識もハッキリしているかどうか分からない。
「………今日はもうお休み下さいませ」
「っ……嫌だ」
「ラファエル様」
「ちゃんと休憩するから」
まるで駄々をこねる子供のようなラファエルを見て、私は首を振った。
「ラファエル様。わたくしのお父様でも出来ないことを、根を詰めてこれ以上やると仰るなら、わたくしはここにはいられません…」
「っ!? ソフィア!」
真っ青な顔で見られ、私は笑顔を作る。
多分、情けない顔の微笑みになっているのだろうな…
「………お父様は、ご自身も出来ないことをラファエル様に要求しているのではありませんよ…」
「………サンチェス国王が出来ないこと……?」
「お父様もご自身で案を出されますが、実行は臣下に任せ、結果が出るのは年単位のことです」
「………ぁっ……!」
「お父様がラファエル様に要求している事の意味をはき違えないで下さいまし。ラファエル様だけでも国のことを考え、発展させようとする。その行動、考え方を見られておられるのですよ。それでもこれ以上無理をなさるのでしたら……ラファエル様が倒れられるぐらいでしたら……わたくしが原因である以上、わたくしはラファエル様の傍にいられません……ラファエル様が大事ですもの…」
大事だから、愛しいからこそ、自分のせいでこれ以上ラファエルを苦しめたくない。
グッと胸元を握りしめる。
お父様が憎い。
私とラファエルを苦しめるお父様が。
――お父様さえいなければ。
そう思ってしまう自分も嫌だ。
「………ラファエル様……本日はこれ以上……仕事をしないでください……お願い致します……」
泣きそうになり、私は俯きながら伝えた。
――お願い、頷いて……ラファエル……
ギュッと目を瞑った直後、そっと抱きしめられた。
ハッとして目を開くと、目の前にラファエルの顔が…
「………そうだね。ごめんねソフィア。俺、焦って周りが見えなくなってた。ありがとう」
ラファエルの唇が、私の瞼に。
滲んでいた涙を唇で拭われる。
「もう今日はこれ以上しないから。泣かないで」
「………ん」
優しいラファエルの声にホッとし、頷いた。
「………ソフィア、お願い聞いてくれる?」
「………何?」
「ソフィアの膝枕で昼寝させてくれない?」
ラファエルの言葉の意味を考え、理解した後に顔が熱くなったけれど、私は了承した。
横になった瞬間にラファエルの意識が落ちた。
やっぱり限界だったみたいだ…良かった……ラファエルが私の言葉を聞いてくれて…
フィーアが寝室から毛布を持ってきてくれて、ラファエルに掛けながら、私もゆっくりと目を閉じたのだった。




