第524話 難解
ラファエルと食事を取っていたときにその報告が来た。
ルイスが入室してきてラファエルの耳元でソッと囁く。
私が聞いてはいけないことだと思って、黙って食事を続ける。
「そうか」
「………いかがいたしますか」
「こればっかりは俺の努力次第だろ」
ルイスの顔色が悪い。
ちゃんと寝ているのだろうか。
………いや、そんな感じじゃない…?
ということは、良くない報告、だったんだろうか。
「下がっていいよ。お前も食事まだだろ」
「はい。失礼致します」
ルイスが退出していく。
そして何故かラファエルが手を振り、自分の護衛の騎士達を退出させていく。
「ソフィアも悪いけど出してくれる?」
「え……ぁ、うん」
ラファエルに言われて私は騎士も侍女も退出させた。
とは言っても、扉の向こうには待機しているだろうけれども。
「………良くないこと?」
「まぁね」
持っていたナイフとフォークをラファエルは置き、真っ直ぐに私を見てきた。
それに合わせて私も置いた。
「ソフィア、これから暫く案を出さないでくれる?」
「え……」
アイデアを出さない……?
どうして……
今までそんなこと1度も…
ランドルフ国はまだまだ改善することがあると思うのに…
「サンチェス国王は俺をまだ認めてないらしい。その証拠があのメンセー国王の手紙だ」
「メンセー国王の手紙って……」
私は暫く考えてハッとする。
「………もしかして、お父様がメンセー国王に頼んで、私にだけに手紙を送らせた……?」
ラファエルが目を細める。
それは肯定を意味するのだろう。
「ランドルフ国の発展は、ソフィアのアイデアがあってこその、だよ。それをサンチェス国王は俺の功績ではないと指摘した」
「っ……」
それは、お父様達の密談を影が探っての情報だろう。
そしてお父様達は、わざと影に情報を持って帰らせた。
ラファエルを試すため……?
確かに私はアイデアを出した。
けれど、ランドルフ国の技術があって成し得た事であり、私だけではどうにもならないことだ。
アイデアを出しても、私にはそれを再現する力などない。
なのにどうして…
「ソフィアを奪われたら今の俺にはランドルフ国を豊かにする事は出来ない」
「そ、そんなこと!!」
思わず立ち上がるけれど、ラファエルの顔色は変わらない。
なんでそんなに冷静なの…!?
お父様に認められなければ…
「確かに、と思うよ」
「ラファエル!」
「今の俺にソフィアのアイデアみたいなものは出せない」
それは私が――前世の記憶持ちだから…
謂わばズルをしている状態で…
実際に実現しているのはラファエルで…
どうしてそれが認められないのだろう…
「だから俺が国を発展させられる案を出して、成功させなければ認めてもらえないんだ。それがメンセー国王が俺には手紙を送らなかった理由だよ」
「………」
「ここで俺が動かなきゃ、切られる。だから、悪いけどソフィアは暫く沈黙して欲しい」
そっとラファエルが唇に指をつける。
私は納得がいかなかった。
………これじゃあ、お父様がメンセー国王を使って、メンセー国との同盟をチラつかせて、脅してるだけじゃないのっ!
ラファエルと私がいて、初めて成し得ることだと、何故認めてくれないのっ!!
ギュッと拳を握る。
手の平に爪が食い込んでいく。
今は、綺麗に手入れされた爪が憎くなってくる。
………私のせいでラファエルが…
唇を噛みしめると、そっとラファエルに手を包まれた。
「………痕になるよ」
「………どうしてラファエルは落ち着いていられるの…?」
「ん? だって俺がソフィアの出すアイデアに頼ってたのも事実だからね」
微笑まれ、私は泣きそうになった。
「本来なら、王太子として俺が案を出して臣下を使ってやらなきゃいけなかったこと。でもソフィアがいたから短期間でここまで民を救える環境を手に入れた。本来なら何年もかかることだ。下手すれば俺が年をとってから徐々に発展していったかもしれない。その時には既に民は1人もいなくなっているだろうね」
「………ラファエル…」
「ソフィアに感謝して、でもソフィアの案に頼って、寄りかかってしまっていたのも事実でしかない」
私は言葉が出てこなかった。
ラファエルにかける言葉が見つからない。
「――サンチェス国王が示した期限はメンセー国の経済が半分回復するまで」
ハッとする。
そんなの――
「短い期限だけど、やってみせる」
真っ直ぐにラファエルに見つめられ、私は息を飲んだ。
澄んだ瞳に見つめられ、反対する言葉など口に出来るはずもなかった。
すると少し困った風に表情が変わる。
「ソフィア、信じてくれる? 俺なら出来ると」
首を傾げてそう聞かれ私は1度目を閉じ、再びラファエルを見たときには、頬が緩んでいた。
「――私はいつでもラファエルを信じてるよ。だって、ラファエルは民が為にいる王子様なのだから。絶対やるんでしょ?」
「ありがとう。ソフィアも民が為にいる王女様だよ」
コツンと額を合わせ、互いに笑った。
「万が一出来なかったら、私を連れて亡命してね」
「………ぷっ。あはは。分かった」
冗談めかして言えば、ラファエルが楽しそうに笑った。
「でもソフィアを幸せにしたいから、ちゃんと王太子妃になってよね」
「はい」
ラファエルがソッと離れ、食事も途中だけれどそのまま部屋を出て行った。
私はそっと右手を左手で包み込み、瞳を閉じた。




