第519話 近況報告
帯に桜の刺繍を終えたのはあれから2日経った後。
だいぶ刺繍のスピードが上がったと思う。
私が出来る唯一といっていいほどの淑女の嗜みだから、上達しないと悲しいものがあるけれども。
「姫様」
帯を綺麗に畳んでいるときに声を掛けられ顔を上げる。
フィーアが扉の所にいて、扉の向こうにトレイを持った使用人がいる。
ノック音に気付かないぐらいに没頭していたみたいだ。
フィーアの手に手紙が握られている。
「手紙ね。ありがと」
「は、はい!!」
使用人がカァッと顔を赤くして頭を下げ、早々に立ち去った。
………何故顔を赤くする必要が…
身長が小柄で、可愛い顔をしていた。
確か面接の時に見た顔だ。
制服からも見習いと判断できた。
まだ研修中だから名前までは全員把握してないのよね。
顔は覚えているけれど。
リタイヤ、あるいはクビにする可能性があるから。
正式採用になっても、全員は覚えなくていいという。
仕事の出来がよければ私とラファエルの記憶に残るだろうけれど。
そういう者達は待遇をよくし、仕事も多く振り当てる。
その時になって初めて名を覚える、というのが常識。
「姫様、どうぞ」
フィーアが一通り手紙の四方に触れ、問題ないことを確認し、封を切って渡してくれる。
「ありがとう」
私は差出人の名前を見た。
「んぐっ!?」
お茶に口を付けながら見るんじゃなかった。
気管に入ってしまったではないか!!
「………フィーア……予告して……」
「姫様がはしたなく片手間で見ようとするからです」
そうですね!!
反省しますよ!!
私はカップを置いて気を取り直して改めて差出人の名前を見る。
「………よくこれを使用人見習いに持ってこさせようと思ったわね…」
ある意味感心してしまった。
「ちゃんと後方に使用人2名が控えておりましたよ」
「ああそう…」
私の見えないところにいたのね…
さすがに見習い1人で持ってきていたら、使用人の教育係を咎めるところだったわ。
手紙の差出人はヒーラー・メンセー。
メンセー国国王が私宛に何を送ってきたのだろうか…
怖い…
ソッと中身を取り出して読み始める。
「えっと……ソフィア・サンチェス様――」
『貴女の案で持って帰らせてもらった染料で染めた布だが、数色試しに染めて店頭に並べたところ、たったの半日で売り切れてしまった。買った布を他の人間が目にしたのか、もう無いのかと店に民が群がっている』
「………へぇ」
『やはり貴女の言った通り、気に入った布であれば少し値が張っても平民も購入していく。このまま新色の布を作り、後数日は様子を見させて頂くが、こんなにすぐ効果が見られるとは思わなかった。やはり貴女にお願いした甲斐があったというもの。本当に感謝する。今、前向きにランドルフ国との同盟を真剣に検討している。少し余裕が出来次第、また染料を買い付けに行かせて頂くと、ラファエル殿に伝えて欲しい』
………今更ながらに、何故ラファエルに直接手紙を出さないんだこの人…
メンセー国王からならば、即ラファエルの元まで届けられるだろうに…
『ソフィア嬢はこちらに来る予定はあるだろうか? 是非1度こちらの財政が落ち着いたら来て頂きたい。この間そちらに伺った職人は勿論、伺えなかった職人がソフィア嬢に礼をしたいと申している。ソフィア嬢は民を平等に扱っていると推測した。こちらの職人も平民だが、考え方を変えてくれたソフィア嬢に本当に感謝している。直接謁見は困難だと職人は承知の上での非礼な願いだが、私も直接感謝の意も伝えたいが為、この職人達の願いも書き記させて貰った。時間があればでいい。ご一考頂ければと思う』
この後は形式的な挨拶などだった。
「メンセー国にかぁ…」
興味が無いわけではない。
でも自由に出歩ける身でもない。
メンセー国王は私以上に国を空けられないし、こっちに来る、なんて気軽に言えない。
「行ってみたいけど無理だろうね」
ラファエルも仕事があるからあんまり出かけられないし。
それにメンセー国王の印象は、多分ラファエルの中で良くない。
私の件で…
気持ちだけ貰う、でいいかな…
私はフィーアに返事を書くからと道具を用意して貰ったのだった。




