第518話 これが本当です
コンコンと私の部屋の扉をノックする音がした。
私は刺繍していた手を止め、扉を見た。
………あれ?
一向に入ってくる気配がない。
首を傾げると、またノック音がした。
「………ぁ…」
久しく忘れていた事を唐突に思い出す。
「は、はい」
ノックは誰かが私に用事があって、入室の許可を願うものだ。
ラファエルとかお兄様とか勝手に入ってくるからそもそもノックしないし、従者はノックしてもそのまま入ってくるし。
返事をする、という行為があることを忘れていた。
『おくつろぎの所失礼致します。ソフィア様、少々お時間よろしいでしょうか?』
………聞き覚えのない男の人の声。
高くも低くもない。
「どうぞ。お入りになって」
「失礼致します」
ゆっくりと扉が開き、入ってきたのはラファエルの臣下服を着た男性。
真ん中分けで後ろ髪は束ねている。
身長は高くも低くもなく。
当然顔は整っている。
「初めて、ですわよね」
「お初にお目にかかります。私は儀典を担っておりますアースと申します」
ああ、精霊か。
そりゃ綺麗な顔をしてるわけよね。
「アース、ね。よろしくね」
「宜しくお願い致します」
綺麗な動作で礼をされる。
なんか感動するぐらいに、まともな人にようやく会った気さえする。
「それで、儀典の臣がわたくしに何用かしら?」
「ラファエル様の指示により窺いました。祭りに関しての事で、確認して頂きたい事が何点かございまして」
………ラファエルが男性1人を私の所に向かわせるなんて……
明日雪が降るかも…
「分かりましたわ。見せて下さいな」
持っていた帯と針を片付け、アースの持っていた書類に手を伸ばす。
けれどアースは待機していたフィーアを視線で見、フィーアが近づいて書類を受け取り、私の所に持ってきた。
………ぁぁ、そういう手順なのね…
今まで直接受け取ってきた事は、間違っていたみたいだ。
フィーアから受け取り、私は読んでいく。
事細かく指示されていることはなく、きちんと決まっているのは開場時間と花火の時間と終了時間のみ。
後は屋台の種類がずらりと並んでいる。
「………問題ないと思いますよ?」
屋台は任せているし、開場時間は暗くなってから。
提灯に灯りを灯すぐらいから。
花火は丁度1時間後ぐらい。
終了は開場から3時間後。
「左様ですか。ではこちらでラファエル様の印を貰います」
「そうね――ぁぁ、お客様の帰り道はどうなっているか分かりますか?」
「帰り道、でございますか?」
「ええ。お帰りになられる際、今のランドルフ国の道では灯りがなく、馬車でも徒歩でも危険だと思うのですが…」
馬車なので当然ライトなど付いているはずもなく。
歩いてくる平民も足もとが辛うじて見えるぐらいの灯りしか持っていないだろう。
元々夜に移動するのは夜会ぐらいだけれども、それも頻繁ではない。
そもそも平民などはそれこそ参加しないから、夜に出歩きもしない。
「………そうでございますね。四方からお越し下さいますので……道の整備は進んでおりますが、灯りはないですね…盲点でした」
「火精霊、光精霊」
私が呼ぶと赤と金の霧のようなものが出て、人型の火精霊と光精霊が姿を現した。
『なんだ』
『なんでしょう』
「火か光の精霊達に頼んで、等間隔で道を照らせないかしら?」
丸い電球のように円状の光が点々と道にあるイメージを思い描きながら聞く。
『『可能だ(です)』』
「ほんと!? じゃあお願いしてもいい?」
首を傾げると2人が頷いた。
これで問題はないだろう。
「アース、お手数なのですが、この事をラファエル様にお伝えしてもらえるかしら?」
「畏まりました。恐れ入りますがその旨を書き記しますので、ご確認頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
微笑んで頷くと、私はフィーアに書類を渡し、アースが受け取って記入する。
そしてまたフィーアを通して――って案外面倒くさいな!
正式なやり取り疲れる!!
「………はい。大丈夫ですわ」
またフィーアに返してアースに渡る。
「ではお時間を頂きましてありがとうございます。失礼致します」
「ご苦労様」
アースが礼をして部屋を出て行く。
完全に扉が閉まってから、私は息を吐いた。
「………アレが本当のやり取り、よね……」
「ですね」
いつもよりドッと疲れた気がして、私はアマリリスにお茶をもらえるようフィーアに頼んだのだった。




