第514話 やらせてみないと分からないもの
追い剥ぎ――もとい人攫いを捕らえ、王宮へと連行したと報告が来た。
そわそわと見習い侍女が無事かどうかの連絡を待つ。
「姫様、落ち着いて下さいませ」
部屋の中をウロウロしていると、報告に来たソフィーに呆れられる。
そんな事言われたって…
「だって、元々私が採用したせいだもの。彼女が怖くなって辞めると言っても仕方がないわ」
「それはどうでしょう。彼女にも何かしらの事情があり、職を求めていたのです。そう簡単に辞めるとは言わないと思いますけれども」
ソフィーは心配ないような口調で言うけれども……
それはあくまで想像であり、本人を確認したわけでも、話をしてもいないのだから…
「大丈夫だよソフィア。ソフィーの言うとおり、辞められない事情もある」
「ラファエル……」
「それに――」
言いかけて止めたラファエルに私は首を傾げる。
「それに?」
「………いや、彼女が来たら直接聞くなり、判断するなりしたらいいよ」
口を噤む理由があるのかしら…
でも、彼女と直接会う必要があるのも事実。
だって怪我の有無とか精神的苦痛だとか、ちゃんと確認しないといけないから。
上司として当然よね。
彼女が残っても、恐怖があるならもう外には出せないし…
男性と接するのが怖いなら、女性が多いところに配属するか。
ぐるぐると思考していると、ノックの音がした。
「はい」
「失礼致します」
王宮騎士とは違う騎士服を着た者が2名入ってくる。
巡回騎士か。
「ご苦労様」
ラファエルがねぎらいの言葉をかけた。
「攫われていた侍女をお連れしましたが、よろしかったのでしょうか?」
「まぁ、自室待機の方が良い気がするけどね」
「え……」
なんでそんな事を言うのかと思い、首を傾げる。
――が、見習いの侍女を見た瞬間に「ぁぁ…」と納得してしまう。
平民侍女服は(通常の侍女服に比べて)貧相に見えるように作ってあるが、きちんとした身なりでないと、王族に仕える者として失格になってしまう。
だから色だけ染め直して渡したのだから、正しく着ればいい。
………のに…
王宮の外へ王宮の使いだと浮かれたのか、彼女はきちんと化粧をして侍女服を着崩し、まぁ自分なりのオシャレなんだとは思うけれども、城下に行けば凄く目立つだろう身なりだった。
王宮内なら更に目立つだろう。
………何しに働きに来てるのアンタ……
「………自業自得」
「だね」
「2日以内に荷物を纏めて王宮を出て下さいませ。貴女はクビです」
「………え!? な、何故ですか!?」
分かってないならなお悪い。
「当然でしょう。貴女は見習いにさえなっていない研修中の身です。今からそんな規定の服を着崩し、仕事中にも関わらず化粧をし、街で目立ち金銭を奪われた」
「君は平民で正式な侍女にはなれないけれど、王宮外の人間にとっては侍女も侍女見習いも侍女研修も、みんな同じ。人目のある場所でそういう格好をするって事は、全員教育がなっていないと民に知らしめることなんだよ。君は、王家を失墜させたいのかな?」
サッと顔色を変えるがもう遅い。
街に出る前に注意できていればまだよかった。
けれど街で問題を起こし、事は大きくなっている。
………また信用落ちたなぁ…
「ラファエル様、申し訳ございません。わたくしの監督不行き届きです」
私は女の前で深くラファエルに頭を下げた。
「姫様のせいではございません。わたくしのせいでございます。申し訳ございませんでした」
ソフィーが私の背後で頭を下げた。
「2人のせいじゃないよ。彼女は街へ出る直前で服を着崩して化粧を念入りにしたのだから」
………ぁぁ、精霊の報告かな?
「君の目的は男あさりだろう。金持ちの男に見初められれば、苦しい生活も楽になると考えたわけだ」
「っ……」
「真面目な者を集めたつもりだったけれど、やっぱり働かせてみないと見えないこともあるね」
ラファエルはニッコリ笑って女を見た。
「――さっさと出て行け。私が怒る前にな」
笑ったまま低い声で言うラファエルは、怒る前、ではなく、怒っていると思う…
女は真っ青なまま、騎士に両腕を取られて連れて行かれた。
「ソフィア、おいで」
私はラファエルに手を引かれ、彼の膝の上に乗ることとなった。
「気にしなくていいからね」
「でも…」
「街の人達も彼女だけのせいだと分かってくれてるよきっと」
ラファエルに言われ、納得は出来なかったけれどコクンと頷いた。
もっと教育しないと、と私は決意したのだった。




