第512話 騎士の名
次は訓練場。
訓練場内を見習い騎士が走っている。
走り込みで足を強化しているのだろう。
何週目かは分からないけれども、一緒に走っている騎士はまだまだ余裕だけれど、見習い達は皆息も絶え絶えで、今にも倒れ込んでしまいそうだ。
「やっぱり最初は体力ないよね」
「あれぐらいでへばるようでは、騎士の名を与えられませんからね」
訓練場へ来るには王宮から出なければいけない。
だから今までソフィーと回っていたけれど、現在私は私の騎士達が一緒だ。
左右と後ろを固めている。
ソフィーは侍女と使用人教育へ戻った。
「ああ、でも騎士について行っている者もいますね」
オーフェスに言われてよく見ると、騎士に混じって見習いの騎士がいることに気付く。
「まぁ、ついて行ってるだけ、だがな。息が切れているのは変わらない」
「でも、後ろはばらけてるのに、ついてけてるだけでも凄いんじゃないのぉ?」
「そうね。期待できるわね」
騎士達が足を止める。
走り込みは終わりのようだ。
ついて行けていた見習いがその瞬間に崩れ落ちた。
他の者達も遅れているけれど、次々と辿り着いていく。
「何とか全員、といったところでしょうか?」
「うん」
頷くと同時に、騎士達が見習いを立たせていき、木製の剣を持たせていく。
「休憩なしで素振り?」
「ええ。疲れているときこそ続ければ、それだけ非常事態でも対応できるようになっていきます」
「非常事態?」
首を傾げるとヒューバートが呆れもせずに説明してくれる。
「例えば緊急事態だと呼ばれて全力で現場に駆けつけたときに、騎士が倒れては元も子もありません。全力疾走後にも民を守る剣を構えることが出来なければ意味がありません」
「見習いでも?」
「ええ。全力で騎士に伝えに走り、そこで終わりではありません。騎士と共に現場に戻り、民の避難経路確保、そして万が一騎士が取り逃がした賊が襲ってきても、騎士が駆けつけるまでの時間稼ぎをしてもらわなければ。出来なければその辺の民と変わりません」
「言われてみればそうよね」
騎士と名のつく以上、民と同じ扱いで避難するわけにはいかないから。
「それにもしそこにソフィア様やラファエル様がいたらどうします? 民同様に隠れていていいわけがありません。剣が振れないのであればお2人の盾にならなければなりません」
「そんな…私達の盾になんて――」
「ならなくていい、などと仰ることはしてはなりません」
オーフェスに割り込まれ、私は口を噤む。
「民が為にお2人がいらっしゃるのは重々承知しております。けれど、お2人がいなくなれば途端に国が荒れます。真っ先に逃げることをせず、お2人は民の盾となりましょうが、そのお2人の後ろに騎士と名の付く者が隠れることは決して許されません」
その言葉に対して私は返す言葉がなくなる。
自分が守られる立場なのを改めて思い知らされた気がする。
………騎士見習いとして雇ったからには、もう彼らを民と同じように考えてはいけないのだ。
私は納得し、訓練の様子を見ることに集中した。
酸欠で倒れる者達が出るものの、これでも軽い訓練の方だと聞かされ、普段の訓練はどんなに厳しいのかちょっと気になった。
そんな訓練をして、強くなって、そして私の周りを固めてくれることに改めて感謝する。
「担当じゃないときはいつも訓練してるの?」
私の騎士達に聞くと、全員が頷いた。
「当たり前です」
「我々が訓練を怠り、他の騎士よりも弱くなれば即ソフィア様専属を外れなければなりません」
「え……」
「当然だろ? ソフィア様を守るのは1番腕っ節が強い奴じゃなきゃダメだ。死なせちゃならない御方なんだからな」
「弱かったらソフィア様の近くにも寄れないし、遊べないよぉ」
うん、ジェラルド…台無しだから……
「週1回、勝ち抜き戦も行われてますよ」
「勝ち抜き戦?」
「ソフィア様とラファエル様の護衛を賭けて」
「………人の事を賭けの材料にしないでよ…」
思わず半目になってしまう。
私の知らないところで、そんな事が起こってたんだ…
「さすがにソフィア様を無防備に出来ませんから、2人ずつ交代で参加してますけどね。ヒューバートと私が前回参加しましたので、今回はアルバートとジェラルドが出るようになってます」
「へぇ。それって私が見てたらダメなの? 私が訓練場に来たら全員参加できるんじゃない?」
「止めて下さい」
「へ……!?」
「上位2名が入れ替わりなんですよ。4人同時に参加すれば、2人落ちます」
どういう理屈!?
騎士4名なのだから上位4名入れ替わりじゃないの!?
「そう理由を付けて私達は普段護衛をしていて、集中して出来ない訓練時間を確保しております」
「な、成る程…」
色々あるのね…
入れ替えられたら困るから、私はここで納得したことにしよう。
私は倒れていく見習い達を尻目にその場を後にしたのだった。
さて、ラファエルに提案事項が増えたなぁ。
私は今日見回って思ったことを思い返しながら、王宮へと帰ったのだった。




