第510話 問題は起きるよね
ザワザワとここ数日は王宮内が騒がしい。
色とりどりの――といっても3種類の色なのだけれど――服を着た使用人や侍女らが王宮を行ったり来たりしている。
「あの、すみません、ここはどのように――」
「こっちは――」
通路に掃除班が湧いてる…
今私は王宮内を巡回して、教育状況をチェック中だ。
貴族侍女服を着た既存侍女と精霊侍女が、それぞれ平民侍女と使用人を教育している。
「ソフィー、問題は?」
今日は私の巡回にソフィーが加わっている。
自分1人回るより、私と一緒の方が色々説明と確認も出来るから、と。
「今のところは特にないです。元々自分たちの家の掃除や洗濯、買い出しなど、している平民達です。多少違いはございますが、すぐに慣れたようです」
「多少の違い?」
首を傾げると、ソフィーは頷く。
「平民は高価な洗剤などは使いませんから」
「あ、そっか…窓も水拭き、洗濯も水洗いなんだ」
「そうなんです。ですからつい水拭きや水洗いしてしまう方がいます。水ですと傷みますから、そこに充分注意するように教育係にも伝えております」
「そう」
頷いて前を向くと、全員道具を置いて一斉に頭を下げていた。
あ、気付かれてたんだ。
みんな必死で、騒音が凄かったから心配ないかと思っていたんだけど。
「ご苦労様」
声をかけると更に頭を下げられる。
これは早々に立ち去らないと邪魔してしまう。
私は早足にならないように気をつけて、優雅に見えるように立ち去った。
「次は洗濯場に行って、その次は食堂かな」
「はい」
ソフィーに先導されながら洗濯場へ行くと、悲惨なことになっていた。
「なんて事するんだ!」
「す、すみませんっ…!!」
使用人見習いの男が涙目の侍女見習いに怒鳴っていた。
足もとにはひっくり返ったタライ。
2人の服は洗剤まみれの水で全身濡れ鼠状態。
………躓いて転んだのかな。
「どんくせぇな!! なんでお前なんかと一緒の班なんだよ!! ラファエル様とソフィア様のお着物に傷がついたらどうしてくれるんだ!!」
………怒鳴る前に地面に落ちてる服を拾おうよ。
練習のためか、私達の衣類と言ってもお忍び服のようだし、多少傷ついていた方が馴染める、とポジティブに考えても良さそうだけれど。
でも、それを許容してはダメだよね。
「ごめんなさいっ! ごめんなさぃぃ!!」
「謝って済むかよ!! 俺はこんないい待遇の仕事を失いたくないんだ!! 失敗なんかして追い出されたら家族の命も危ないんだよ!!」
………なるほど。
彼の家はよっぽど貧困しているのだろう。
家族も職を失っているのかしら。
「止めなさいみっともない。怒鳴る前にラファエル様とソフィア様の衣服を拾いなさい!」
「あ、失礼しました!!」
教育係だろう侍女に怒られ、男がハッとして急いで拾っていく。
けれど手つきは丁寧で、傷つけないようにそっと別のタライの中へ入れていく。
………ふぅん?
「ごめ、なさ…」
フルフルと震えながら泣いているだけの侍女見習いは、使えそうにない。
………彼女は面接の時もちょっと頼りなかったけれど、手の荒れ具合を見て、水仕事に慣れていると思ったのだけれど…
性格にやや問題あり、だね。
私ならともかく、ラファエルや来賓客に粗相したら首が飛ぶ…
「ほら、貴女も泣いてないでさっさと続きをなさい」
「す、すみませっ――きゃぁ!?」
………ぁぁ、タライに足を取られて転んだ……
………ドジっ子…なのかしら……
こんなんじゃ、給仕とか絶対にやらせられないな…
「………ソフィー……」
「はい。除外します」
スッとソフィーが持っていたリストに横線を入れた。
おそらく彼女の名前が除外されたのだろう。
能力で差があってもどうこういうつもりはないけれど、侍女の仕事をさせられないのは、置いておいても使えない。
………私としては優しくしてあげたいけれど、王女としては、非情な選択をしなければならない。
可笑しいな…
事前調査でそういう子は除外していたはずなのだけれど…
調べ不足か…?
「………あの者の得意分野は?」
「針仕事ですね」
「………成る程……取りあえず…」
私は視線を教育係に向けると、それに気付いた侍女が慌てて近づいてくる。
「ソフィア様」
「あの者を別の所へ配属するから」
「え……」
「班構成から外して」
「は、はい」
私の声が聞こえていたのか、サァッと真っ青になる見習い。
「いくらお忍び服でも、わたくし達の衣類です。それを粗末にした貴女をもう使うことは出来ないわ」
「そ、粗末にしては、いませんっ!!」
「黙りなさい。ソフィア様は貴女に口を開く権利を与えておりません!」
侍女見習いの頭を押さえて一緒に頭を下げる教育係。
………まぁ、いいけど…ちょっと乱暴だな…
教育として必要なのかもだけれど。
「給仕にしても、お皿をひっくり返してしまったり、熱いお茶をお客様にかけてしまったりとしても、大問題になります」
「っ……!!」
………何か言いたそうな目だけど、さっきこの目でしっかりと、慌てて周りが見えずひっくり返ったりしてたのを見てしまったし。
そんなことしない、と言っても信用皆無だから。
「誰か1人手を放せる?」
「はい。わたくしが」
手を上げたのは久しく見てなかったランだった。
筆頭侍女から通常の侍女になって、前より顔色がだいぶいい。
やっぱり過ぎた責任だったのだろう。
「では、針子のところへ行ってきてもらえるかしら」
「衣類がほつれていましたか!?」
「いいえ。この者は針仕事が得意らしいですから、特例で針子見習いとして使えないか聞いてきて欲しいの」
「畏まりました」
「許可取れたら連れて行ってちょうだい。――まぁ、わたくしとラファエル様の衣類には触れも出来ないでしょうが、見習い全員の服のほつれなどは直せるでしょう」
「成る程。承知致しました」
ランが離れて行き、私もその場を後にした。
「………宜しかったのですか?」
「採用した以上は、一定期間は研修としておいておかないとね。早々に家に帰したら、王家の横暴と捉えかねないし」
「そうですね」
私は次の研修先へ向かった。
今度は問題起きてないといいのだけれど…
内心ため息をついた。




