第506話 急ですが
「姫様、お願いしたいことが」
募集要項を書類に記し、候補者に配りに行ってもらった日。
戻ってきたソフィーに声をかけられた。
「何?」
あまりにも暇だったのでラファエルに自主長期休み宿題を作ってもらった私は、机に向かっていた。
「姫様が作って下さった募集要項を配りに行った全員が、すぐにでも働きたいと押し掛けております」
「………」
何を言っているんだろう、という顔を思わずしてしまった。
「まぁ、そうでしょうね。今回の人選は職がない平民だけなのでしょう?」
壁際からヒューバートも口を挟んできた。
………ですよねー!
すぐに働きたいわよね!
生活のために!!
「………すぐって言われても、まだ採用するかどうかの面接もしてないし、服もないから、今日の今日っていうわけにはいかないわよ?」
今ある侍女見習いの服も、使用人見習いの服も、騎士見習いの服も、全てが貴族用のものだ。
平民との区別を付けるべく、新しい染料で染める予定だ。
そのままでいいと思ったけれど、ラファエルとルイスがその壁を取るのは早すぎると判断した。
もう少し貴族の考えを変えてからの方がいいと。
階級がある世界って、面倒くさいな…
最終的には差別の壁も取っ払えたらいいと思う。
「一応同じ様なことをご説明しましたが、採用されるか否かが分かるだけでも、と」
ソフィーの言葉に私はペンを置いた。
「………ぁぁ、次の職探しに影響するのね」
「はい」
暫く考えて私は立ち上がった。
「来ているのは侍女見習い候補だけ?」
「いえ、使用人見習い候補者も、騎士見習い候補者も来ております」
………募集要項、ラファエルに見てもらってとは言ったけれども…
全員に配ったのか…
「カゲロウ」
『はーい』
天井を見上げて呼ぶとすぐに返事が返ってくる。
「ラファエルに伝えてくれる? 全員押し掛けてきているから、今から応接室で侍女見習い候補から面接を始める。時間作って後にする使用人見習いと騎士見習い面接に加わって欲しい、と」
『りょうか~い』
気配が1つ消える。
「ヒューバートはこの事を各騎士隊長と副長に知らせてきてくれる? 騎士見習い面接なら見ておかないとでしょ」
「はい」
ヒューバートが出て行って、私は改めてソフィーを見る。
「応接室の隣に待機室あるでしょう? そこにみんな案内してくれる?」
「畏まりました」
ソフィーも出て行き、私は息を吐いた。
………面接って、何も用意してないんだけどな…
まだ時間はあるよね。
私は真っ白な紙を取り出して、聞かないといけないことリストを作成した。
その途中、ふとペンを止める。
ラファエルは何を聞きたいだろう…
………まぁいいか。
侍女はどっちみち私とソフィーの管轄だ。
使用人と騎士はラファエルとルイスの管轄だし。
最初は侍女見習い面接だから、私が知りたいことだけでいいだろう。
取りあえず必要な物をまとめた。
「アマリリス、ソフィーが作ってくれた候補者のリストは何処にある?」
「お持ちしております」
候補者達のあの履歴書のような書類を持ってきてくれる。
「アマリリスもおいで。自分の後輩になる者達、見ておきたいでしょ」
「はい。わたくしと同じ給金になる者達ですもの」
………ぁ、アマリリスが滅茶苦茶ギラギラしていた。
「………いやいや、同じ給金じゃないよ」
「え……」
「制服もだけど、貴族の見習いと平民の見習いの給金の差も付けるってラファエルも言ってたし」
「そう、なんですか?」
首を傾げるアマリリスに、私は微笑んだ。
「それに、アマリリスは私専属の見習いでしょ」
「は、はい…」
「そんな子が、平民見習いと一緒な階級待遇に元々なるわけもないし」
そう言うと、ぱぁっと明るくなるアマリリス。
彼女自身の努力によって、多分“通常の”侍女の標準にはもう達している。
それでもまだアマリリスを侍女にはしない。
――簡単に、あの時の罪を許すわけにはいかないから。
私はアマリリス、そしてジェラルドとオーフェスを伴って、部屋を出たのだった。




