第505話 待っていました
メンセー国王とお兄様が温泉街へ行った数日後、メンセー国からの職人が到着した。
私はラファエルに部屋で待機を言い渡され、ぽつんとソファーに座っている。
「………私も見たかった……」
ガックリと肩を落とす。
せっかく交渉の場にいられたのだから、最後までちゃんと見ていたかった…
「肩を落としている場合ではありませんよ姫様」
「え……」
膝に肘をついて前屈みだった。
ついでに目も閉じていた。
ソフィーに声をかけられて目を開けた瞬間、目の前にドサドサと書類っぽいのが置かれる。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
「………何、これ……」
ポカンと間抜け面で、本当に目の前に置かれた紙を見る。
「ずいぶんな言葉ですね。姫様のご命令のものを纏めて参りましたのに」
「え……」
ソフィーに命じた事って……
数秒考えて、パッと身を起こした。
「使用人見習い候補ね!」
ソフィーにため息をつかれようが気にしない!
気にしたら負けだ!
意気揚々と書類を手に取った。
1枚1枚に個人の情報が記入されている。
まるで履歴書のように事細かく。
「凄いわね。よく短期間に纏めてくれたわ」
「恐れ入ります」
………ソフィーの声が冷たいっ!!
淡々と喋らないでっ!
「この中に既に職に就いている人はいないわね?」
「はい。職に就いている者を引き抜くと、今度はそちらが困りますので」
「うん」
私は頷きながらも書類を見て、まずは男女別に分ける。
男2、女1の束。
まずは女の束を取って、候補者と除外に分けていく。
判断する基準は、私の基準であり、必ずしも合っているとは限らないけれども。
ポイポイと机から落としていく書類は、侍女らが手分けして拾っていく。
「ソフィー、籠3つ」
「………はい」
机の邪魔にならないところに籠が3つ、並べて置かれる。
その1つに候補者の書類をポイッと放り込む。
「それ、侍女見習い勧誘候補ね」
「………はい」
続いて男の山を取って、一先ず候補者と除外に分ける。
そして候補者だけになった中から、籠に分けていく。
ペイッと最後の1枚を籠に放り込み終えた私は、顔を上げて騎士らを見る。
「これ、こっちが使用人見習い候補。こっちが騎士見習い候補ね」
「使用人はともかく、騎士、ですか?」
「そう。街の巡回騎士を増やしたいのよ。今は各領地、王族所属派遣騎士の手が回らないところは貴族が持ってる騎士を順次見回りに行かせてるけど、貴族お抱え騎士は貴族の言いなりで隠すでしょ」
机に頬杖をつくと、ヒューバートの眉間にシワが寄った。
「………ソフィア様にはその事は伏せていたはずですが?」
「その事?」
「巡回騎士が不足していることや、貴族家の騎士が見回っていることなど」
「見てたら分かるよ」
「み――!?」
え……
私、そんなにお気楽な女だと思われているのだろうか……
「街に行ったときは、巡回騎士も歩いてるし。王族――つまりラファエルが管理する騎士と、地方の貴族が管理する騎士はそもそも紋章が違う」
トントンと胸を指で叩く。
王宮にいる騎士らは、全員ラファエル――王族所属を現す紋章を付けている。
そして貴族の騎士は、それぞれそこの貴族の紋章。
チラッとヒューバートは胸に付けている、私が与えた証を見る。
「………よくそんな細かいところまで見ていますね…」
確かにかなり近づかないと判別できないほど、パッと見で分からないように小さいけれども。
「それに貴族騎士って王宮騎士より洗礼されてない。歩き方1つ違うから、見ただけで分かるよ」
「………ソフィア様は主にそれで判断してません? 紋章ではなく…」
「………」
私はツイッと視線を反らした。
「尤もらしいこと言ってますが、まぁいいでしょう…」
………だって、これ以上規格外って言われたくない……
見ただけで良い人か悪い人か判断できるとか…
出来ないからね!
多少の違いが分かるだけだから!!
買い被られても困る!!
話を進めよう。
「国の広さに対して、騎士が少ないのも事実だから、少しでも足しになれたら、と」
「ですが付け焼き刃では逆に危険ですよ」
「騎士、じゃなくて、騎士見習い、だからね。街――各地を巡回して、異変があれば素早く巡回騎士、もしくは王宮へと知らせてくれる者。つまり足腰が強いだろう人がコレ」
トントンと人差し指で、騎士見習い候補者の書類を入れた籠を叩く。
「ああ…成る程!」
「それに平民からなら、顔見知りとかいるでしょ? 騎士には言い辛くても、顔見知りの騎士見習いには、困っていることとか気軽に言えるだろうしね」
「それはいいですね」
今まで黙って聞いていたオーフェスも頷いてくれる。
「使用人候補はラファエルが戻ってきたら渡して、ルイスに選定してもらうわ。取りあえず侍女見習い候補と騎士見習い候補の者達を、近日中に集めたいわ。すぐにその旨を記した書類を用意するから、手分けしてその者達に渡していってもらう」
部屋にいた全員が頭を下げて了承した。
机のすぐ横下には除外した書類が積み上がっている。
それを火精霊に願って焼却してもらった。
やはり貴族の中で使える人は今の時点ではいなかったわね。
そっと私は息を吐いた。




