第502話 交渉の前に
ガタガタと揺れる馬車の中。
沈黙が気まずすぎる…
ラファエル宛に早馬を出した後、返事が届いてすぐさまメンセー国王が馬車を手配した。
返事は是非会いたいというもので、謁見日をいつにしようかと問いかける文面だったのだが…
「こちらから願い出るのだ。ラファエル王太子がいつでもいいと言っているのだから、こっちから行く」
と言って、早々にサンチェス国からランドルフ国へと入った。
国境で一悶着あったけれど、私が一緒だったので、すんなりとメンセー国王の情報登録がされた。
国境工事はまだ途中だったけれども、指紋認証は既に出来上がっていたから。
「やはり指紋認証は素晴らしいな。アレンに言われて購入したかいがある」
あ、買ったんだ…
お買い上げありがとうございます…
ラファエルのあのお金の使い方からして、潤ってきているのは察してたけれど…
メンセー国王ももっとそのお金を国に使うべきだったのでは…
安いものじゃないのだから…
安全面にはいいけれども…
「サンチェス国との国境が終われば、うちも願いたいな」
ランドルフ国がサンチェス国の北にあたり、メンセー国はサンチェス国の南東にあたる。
その為、ランドルフ国民がメンセー国に行くためには、1度サンチェス国を経由する必要がある。
国境を見たおかげでメンセー国王が話し始めてホッとする。
いくら私でも1国の王と話題から作れと言われても、何も思いつかないし。
「国境工事にはそれなりに期間が必要ですから、行き来が制限されます。ですから、行き来が少なくなる時期に始められた方が宜しいかと」
「そうだね。アレンと相談しよう。それともレオポルド殿の方が良いかな?」
メンセー国王が私の隣に座っているお兄様の方を見る。
馬車に2人きりではないけれど、お兄様もずっと黙ってたから珍しいと思っていたけれど。
ちなみにお兄様は私が粗相をしないように、と一緒に来た。
それはそれで心外なんだけれども、否定できないのが辛い。
既にやらかした後だ。
「私はまだその辺は任されてませんので、父と相談されるといいでしょう」
「そうか。分かった」
見慣れた街並みが小窓から見え、王宮も遠くに見えてきた。
帰ってきたと、ホッとする。
ラファエルから離れて、10日程経っていた。
サンチェス国へ行くまで3日、ついて当日にメンセー国王交えて話して対策、ラファエルに早馬送って往復6日、すぐさま馬車に乗り込んで3日。
同日を除外して、3+5+2で、やはり10日か。
うぅ……でも王宮に帰っても、ラファエルに抱きつけるのは夜だよね…
いや、話が長引けば明日になる…
物凄くラファエルを充電したい気持ちでいっぱいなんだけど…!!
私は王女だから!
他国王と交渉相談する立場では本来ないから!
慣れないし、早々に本性出しちゃうし、やっぱり私はラファエルやお兄様みたいには出来ないよぉ!
お咎め無しだったからよかったものの、1つ間違えたら最悪打ち首ものだから!
………今後、ラファエルと一緒に国政担う役割が出来るように思えない…
改めて確認できたことで、やはり私は国政に関わるのは出来ないだろうと思った。
ラファエルに言おう…
私は会議に出席できても、国政や交渉事には向かないから、参加できるようにしなくていいよ、と……
ぁぁ…胃が痛い…
「あれ。ソフィア」
お兄様に声をかけられ、ぼんやりと小窓の外を見ていた私はお兄様に視線を向けた。
「王宮の前にラファエル殿がいるよ」
「………ぇ!?」
思わずガバッと小窓にしがみつくところだった!
危ないっ!
「で、ですが、ご連絡しておりませんわ…」
「連動してるんじゃない? 国境の指紋認証と王宮の情報科に」
………なんだその情報科って……
聞いてませんけれども…
「国境を通った人物を王宮の情報科にすぐさま送られて共有されているでしょ? サンチェス国王宮にも設置されたよ?」
ポカンと間抜け面になってしまったのだろう。
お兄様が苦笑して首を傾げながら説明してくれる。
………まぁ、情報管理共有は大切だよね、うん。
「すごいな」
メンセー国王は感心した風にお兄様を見る。
「ますます欲しい国境設備だ」
「それでおそらくソフィアがランドルフ国に来たことも、メンセー国王も、私も一緒だということが、管理者からラファエル殿に伝わったんだと思うよ」
「ほぉ。便利だ」
お兄様とメンセー国王が話している間、私は改めて小窓から王宮を見る。
すぐそこまで来ていた。
お兄様の言うとおり、ラファエルとルイス、そして出迎え用に使用人がズラリと並んでいる。
………ぁ、やっぱり出迎えには使用人は並ぶんだ…
サンチェス国が特別じゃなかったんだね…
馬車がゆっくりと止まり、外から扉が開かれる。
「ようこそメンセー国王。歓迎します」
「急にすまないねラファエル・ランドルフ王太子。一刻も早く交渉したくて邪魔した。会えて光栄だ」
ラファエルが丁寧に礼をして声をかけてくる。
ああ、10日ぶりだからか、いつもよりラファエルがイケメンに見える!!
王太子の正装のせいでよりキラキラと!
メンセー国王がひらりと馬車から降りて、ラファエルと握手する。
「こちらこそ光栄です。ソフィア・サンチェス王女からの文で大体は把握しております。少し休まれた後に研究所にご案内しますよ」
「いや、今すぐに始めたいのだが、都合が悪いか?」
「申し訳ない。今すぐにでも片付けないといけない案件が2・3あって、少々お時間を頂ければと」
「急に来たのだ。そちらに合わせる」
「ありがとうございます。ルイス、メンセー国王を部屋へご案内して」
「はい。こちらへどうぞ」
ルイスがメンセー国王を案内し、王宮へと入って行った。
それを見送った後に、お兄様が馬車を出て行く。
「上手い事言ったものだ」
クスクスと笑いながらお兄様がラファエルに言い、2人の後を追うように王宮内へと入っていく。
………お兄様はランドルフ国王宮に慣れすぎだと思う…
「………何を言いたかったのかな…」
お兄様の言葉の意味が分からず、首を傾げながら馬車から降りようとして、ラファエルに肩を押されて元の場所に再び腰を下ろす形となる。
「え……」
バタンと扉を閉められたと思えば、ラファエルに覆い被さられ唇を奪われた。
「っ……ちょ、ラファ――んっ……!」
驚いてラファエルを押すけれどもビクともしない。
暫くラファエルの好きにされ、解放された時には立てる気がしなかった。
「な、何するのっ!」
かぁっと真っ赤になった顔そのままに、ポカポカとラファエルの胸元を叩く。
「ソフィアが足りなかったから」
「真顔で何言ってるの」
そ、そりゃ、私もラファエルが足りなかったですけれどもっ!
ここ、馬車の中ですから!!
「大丈夫? メンセー国王に心を奪われてない?」
「本気で怒るよ!?」
これまた真顔で詰め寄られる。
「言い寄られてない?」
「ないから!!」
いくらイケメンでもメンセー国王は50歳超えてるから!!
見た目30代だけれども!!
万が一にも結婚迫られても断るよ!?
それに子供何人いると思ってるの!
年上の息子とかいらないから!!
カイ・メンセーみたいな家族いりませんから!!
「交渉の中にソフィアもあったら、全力で排除――」
「絶対にありえないから!!」
久々に再会したラファエルが暴走していた。
なんとか元に戻るよう願いを込め、私はぎゅうっとラファエルに抱きついたのだった。
「ぁぁ、ソフィアだ」
途端にラファエルの顔が緩んで、上機嫌で抱きしめ返してくる。
私もラファエルの温もりに安心する。
「ぁ、ラファエル、お仕事あるんだよね?」
「ん?」
「さっきメンセー国王に…」
キョトンとしているラファエル。
………何か可笑しい…
「ああ、早急に確認しないといけない案件はもう終わったから」
………キラキラ笑顔で言うことじゃない…
あれか……
さっきの私に確認したことが、早急案件だったのか…
お兄様の“上手い事”の意味はそれか…
思わず力が抜けて、ラファエルの好きに抱かれていたのだった。




