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第50話 境界線




「うわ、すごいな…」


ラファエルの願いで、ハンカチに刺繍を施した私。

コチョウランかアイビーって言われたから、せっかくなので両方刺した。

ラファエルのイニシャルと共に。

それをラファエルに渡せば、凄いと言って嬉しそうに手に取って眺めている。

………なんか恥ずかしい。

得意と言っても、テイラー国の人間みたいに綺麗には出来ない。

普通よりちょっと上、ぐらいのものだし。


「ソフィアの刺繍は売り物にはしないのか?」

「私より上手い人はいくらでもいるから。それにテイラー国に渡した機械の方がよっぽど早くて量産できるでしょ」

「………ぇ?」

「………ん?」


ラファエルが首を傾げるので、私も首を傾げてしまった。

何か間違ったこと言っただろうか…


「………テイラー国に渡した物は真っ直ぐ縫える機械で、柄とかは出来ないでしょ」


………やってしまった……

まさかの直線縫いだけでした。

日本のミシンは柄縫い出来るから、私にとってのミシンはそれが出来て当然だと思ってた……


「………さて」


スッとラファエルが立ち上がった。

大事そうにハンカチをポケットに入れて。

そして私の顔に自分の顔を近づけてきた。

その距離僅か5cm。


「ソフィアは何を考えているのかな?」

「へ?」

「存在しない機械を何故当然という風な感じで知っているのかな? それともまた思いつき?」


ニコッと笑って聞かれる。

その顔が怖いこと。

目が笑っていない。


「そ、そうなれば良いなって考えが、もう存在している風に言っちゃいました…」


私はそう誤魔化す言葉しか浮かんでこなかった。


「………へぇ?」

「が、柄が縫える機械があれば誰でも作れるじゃない? 同じ物量産できるし、希少価値がない分、平民も買いやすい価格に出来るし」

「………そうだけどね」


技術者達に言うつもりなのか、ラファエルはメモを書く。

でも終わったら再び距離を詰められる。


「………隠し事してるでしょ」


疑問系じゃなく、確信を持った声色で言われた。


「し、してないよ」

「嘘だね」


瞬時に見抜いたラファエルは、ため息を付いた。


「言えないなら言えないと言いなよ。俺、嘘と民を苦しめる悪事だけは許せないから」

「っ……!」


冷ややかな目を向けられ、私は息を飲んだ。

初めて向けられたラファエルの表情に、私は動けなくなってしまう。

ラファエルにも譲れないことがある。

それが今分かった。

それだけなのに。

心臓が痛いほど脈打っている。


「隠し事はいい。誰でも1つ2つ言いたくないこともあるだろ。でも嘘はつかないで。嘘つかれるとすぐ分かるから。言ったでしょ。表情を見ただけで作ってるかそうじゃないか分かるって」

「………」

「………はぁ。………柄が縫える機械、技術者に提案してくるから、ちゃんと動かずそこにいて」


ラファエルは冷たく言い、部屋を出て行った。

パタンとドアが閉められ、途端に部屋が寒くなったような気がした。

彼の許せる範囲から、許せない範囲への境界線を踏み越えてしまったらしい。

嘘をつくつもりではなかった。

ただ、前世の私の知識を隠したかっただけ。

それだけだったのに……

………あのままラファエルが出て行ってくれて良かった…

ぺたんとソファーから滑り落ちて、床に座り込んでしまった私を見られなくて済んだから。

思考が止まらなくて、何が何だか分からなくなった私を見られなくて済んだから。

………誤魔化そうとした時に言ってしまった否定の言葉。

たった一言が、ラファエルとの距離を開かせてしまった。

自分のせいで…


「っ……」


頬を流れた涙は、一度流れると止まらなかった。


「ご、めんな、さ……」


ラファエルを怒らせるつもりなどなかったのに。

初めて贈ったハンカチを渡して、嬉しそうにしていたラファエルを一瞬で無くしてしまった。

心が痛い。

ソファーに顔を押しつけて、涙と嗚咽を隠す。

私は弱くなった。

他人に何を言われようが、気にしなかった。

王女の私は一々、蔑みの言葉や責めの言葉に反応して落ち込んではいられないから。

誰に何を言われようが、気にせず真っ直ぐ前を見て歩めと教育されていたから。

だから泣くことなど、なかったのに。

ラファエルに出会ってから今まで、何度泣いてしまったのだろう。

それだけの事実なのに、私にとって唯一嫌われたくない人物なのだと改めて認識させられる。

………やっぱり前世の私なんか要らなかった。

前世の知識があるからこうなってしまう。

純粋に、この世界の人間として生きたかった。

………でも、前世の知識があったから、ランドルフ国を復旧させる提案が出来ている。

大事な記憶だった。

否定できることじゃない。

分かってるのに、どうしてもラファエルに嫌われたくなくて、そういう考えをしてしまう。

私はソファーに顔を押しつけたまま、ギュッと目を閉じた。

たどり着けない答えに、思考を支配されながら――


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