第05話 理由が分かりました
誤字報告ありがとうございます!
これからもお付き合い頂ければ嬉しいです!
街に出れば賑やかな人々の声と、店の活気が――
なかった。
「………」
「すみません。最近特に気候が不安定で、民は必要最低限な外出しかしないのです」
ラファエルが説明してくれるが、私はそれだけの理由には思えなかった。
どうしてそう思うかというと…
『………』
そこら中から視線を感じるから。
私を見ているというより、ラファエルを見ているみたいだった。
サンチェス国では街と言えば賑やかで、先に進むのも困難なほど熱気であふれていた。
なのに同盟国のランドルフ国の街がこんなに閑散としている。
これは私が例え王女じゃなくても、なんとかしたいと思うだろう。
「何処か行きたい場所はありますか?」
「………ぇ」
柔らかく話しかけられ、私は唖然と彼を見上げた。
この街の状態を放って置くのか。
どうして……と思ったが、彼の目を見てすぐ分かった。
――あの、目が笑っていない笑顔で、見られていたから…
試されている。
そう思った。
私がどう動くのかと…
ニッコリと私は笑い返した。
「では、食材を扱っているお店に案内して下さいますか?」
「………え? 装飾品など見る物があるのではないですか? 女性は着飾るのがお好きでしょう?」
キョトンと本当に分からないという風な顔を向けられる。
………偏りすぎではないですかね…女性への印象が…。
「ラファエル様、私は別に着飾ることを生きがいにしてはいませんわ。私が着飾るのは民が潤っているときだけにしております故」
笑っていた顔はそのままに、彼と同じ目をして見返す。
こんな状態の街を放っておき、国が傾く贅沢をしろというのか。
そんな事はしたくないし、させる事もしない。
そして――
『これは番外編ではないだろうか』
と思った。
『恋する乙女は美しい~強奪愛は情熱的~』というこの乙女ゲームの世界には彼も脇役として出てくる。
私みたいに名前がないモブではなく、王家と交流している王子としてしっかりした設定があった。
その彼の物語が、王子であるレオナルド第二王子とハッピーエンドを迎えると、メニュー画面に番外編として出てくる。
乙女ゲームの主人公とかのビジュアルが出るわけではなく、画面小説として文字だけ読んでいく物語。
確か内容は……
閑散とした街をなんとかするべくラファエルは国中の街を渡り歩いた。
街が閑散としてしまった原因は――――――であった。
………あれ?
ここの記憶がない……
………うそぉ!
これまさか私が街中走り回らなきゃいけないわけ…?
一瞬真っ青になったけれど、私は思い直した。
ここは現実だ。
対策教科書が最初からあるなんて思ったらダメだ。
私が自分で解決しないと。
サンチェスとランドルフの同盟を維持するために。
だって案内された食材を売っている店には殆ど食材がなかった。
今は昼だ。
一番の稼ぎ時の夕食の買い物前にこの状態はあり得ない。
サンチェス国の店にはてんこ盛りにされた食材が普通だ。
朝だろうが昼だろうが夕方だろうが。
なのにサンチェス国が輸出した食材が、決して少なくない輸出量なのに、店に並んでいる食材がこれだけとは到底思えない。
何かが起こっている。
私が知らない――サンチェス国の王家に伝わっていない何かが。
そして悟った。
ラファエルの評価が低い理由が。
『時系列が狂っている』
サンチェス国の学園に留学してきた彼の評価は、ゲームでは非の討ちようがない爽やかイケメン王子。
攻略対象ではなかった故、乙女ゲームオタク達の苦情が相次いでいた。
彼がそこまで評価されていたのは、傾き掛けていたランドルフ国を彼の手腕で持ち直していたから。
民を救い、優秀と言われた上の兄達を退け、王太子になっていた。
けれど侍女の噂と、国民の冷たい視線。
今目の前にいる店主も、ラファエルをまるで睨みつけるようにしている。
『王家が……彼が廃嫡の危機にある』
この状態がいつからなのかは分からない。
けれど、この状態が何年も続いているのなら、彼らランドルフ国だけの問題ではない。
国民に食料が渡っていないのなら、同盟国のサンチェス国にまで影響が及んでくる。
「店主、これとこれ、頂けますか?」
笑って言うと、怪訝そうに見られる。
「………買ってくれるのは嬉しいが、お嬢ちゃん良いとこの出だろう。そいつといるんだからな」
王子を顎で指すのはどうかと思うが…
「そんな人にこんな食材、売れねぇや。同情なら止めてくれ」
「いいえ。それを頂きたいんです。知りません? この食材は腐りかけが美味しいんですよ」
私がそう言うと、ギョッとされた。
やはりこの国では痛み始めた食材は、余り受け入れられていないようだ。
餓死しないためにやむを得ず食べる。
「おいくらです?」
笑ったまま言えば、渋々口を開く店主。
お金を払ってその場を去る。
「それを本当に食べるのですか?」
「醗酵食品はこの国では食べられてはいないんですね」
「………醗酵食品…?」
「技術が必要になりますけれど、食材をわざと腐らせて食べるんです」
「腐らせるんですか!?」
流石のラファエルもギョッとする。
それをニッコリ笑って、私は先へ急いだ。
どの食材を扱っている店も、量がない。
王都でこれでは辺境の地には食べるものが何もないことになる。
『これは、早くどうにかしないといけないわ……一番原因が高そうなのは…』
私は離宮に戻ると、ラファエルを座らせ買った食材を机に置く。
「ラファエル様、近々国境に行く予定、ございませんか?」
「え…国境は二番目の兄の管轄ですから、私は行くことはありませんね」
第二王子が出た。
………そうだ。
この件は第二王子が関わっていた――はず。
まだ思い出さないって事は正解ではないか……。
ってゲームには頼らないって決めたでしょ!
「………そうですか」
「何故国境に?」
「我が国の輸出量は変わっておりません。むしろこれから増えていくはずです」
「それはどういう…」
「私がここにいるのです。それを期待しているのもこの婚約の理由では?」
首を傾げるとラファエルは少し目を見開いた。
図星、かな?
私がここにいるということは同盟を継続させる意味がある。
少しでも同盟を続けようと思ったら、色を付けた方が良い。
輸出を多くするとサンチェス国だけが損するということではない。
増やした分、サンチェス国にランドルフ国からお金が入る。
そしてそれでまた食材を揃える。
………けれど…
増やしてもこの街の状態なら、変わらず支払われていた金が何処から出ているのか。
…いずれランドルフ国の国庫が食い潰される。
現在のランドルフ国の国庫に今いくらある。
国民の税はどうなっている。
サンチェス国の輸出した物資はこの国の何処にある。
調べることはたくさんある。
「我が国から送られた輸出量は、決してランドルフ国の国民が飢えることない量です。ですが街の店の食材量、雰囲気。………あれを見て危機を感じないなら、国民に生かされている者ではありません」
私の言葉に、ラファエルがホッと息を吐いたのが分かった。
………彼の中の評価は落とさずにすんだようだ。
――――って!
決して彼が好きだからとかそんなんじゃないからね!
国同士、王子王女の信頼というかなんというか!
………誰に言い訳してるんだろう…私…
「ですから、輸出している物資がきちんと運ばれ、各地に平等に――人口に見合った量が送られているのかが知りたいのです」
「―――やはり貴女で間違いなかった」
「………え?」
ラファエルの言葉の意味が分からず首を傾げるが、彼は裏表のない笑顔を向けてきた。
「ソフィアはここにいて下さい。私が調べて参りますので、報告をお待ち下さい」
「私も行きます。自分が言い出したことです」
「いいえ、多少の危険では済まされないことが起こっている可能性があります。貴女にもしものことがあれば、私が後悔します」
「………ですが…」
ラファエルの言っていることは分かる。
私は昔(前世)も今も何も戦う術を持たないただの人。
彼みたいに武を持っていない。
俯く私の頭を彼は撫でてきた。
「安心して下さい。必ず無事に戻りますから」
「………本当ですね?」
「ええ。お約束します」
ラファエルは笑って出て行った。
私は自分の頭に手を置く。
彼の手の感触がまだ残っている。
温かい彼の体温。
私が現実に生きているのだと教えてくれた熱。
大丈夫。
ゲームでは彼は無事ではないか。
なのに、この胸騒ぎはなんだろう。