第492話 ……嘘、でしょ…
氷精霊に乗って北のアシュトン公爵領へ向かった。
北は元々雪が積もりやすく、それ用に対策もかなり立てられていて、住民からも雪は残して欲しいとの要望があったとラファエルから聞いた。
だから王宮から東西南の方向には源泉を引いているけれども、北には一切引いていない。
その為に雪が降れば当然今まで通り積もっていた。
「………雪搔きサボってたのかしら…」
「アシュトン公爵に限ってそれはないよ」
ラファエルにすかさず否定された。
まぁ、そうだよね。
わざわざ厳しい環境のままいたいと言ったのはアシュトン公爵達なのだから。
氷精霊がスピードを落としたのに気づき、前を向くと、私は息を飲んだ。
広範囲にわたって雪崩が起きていた。
所々から家の残骸や屋根だろうものが、雪に埋もれているのが見えた。
「ソフィア様!」
氷精霊の下から声が聞こえ、覗き込めばフィーアが雪まみれで手を振っていた。
「フィーア!」
よかった!
フィーアは無事だった!
氷精霊に降りてもらい、私はフィーアに駆け寄った。
「フィーア、無事!?」
「はい。アルバートが抱えて逃げてくれましたので」
アルバート良くやった。
「それで、どれぐらいの人が行方不明に?」
「ぁ……そ、それが……」
フィーアが言い淀み、私は最悪の事態を想定した。
「これ、いつものことのようで……」
「「「「「「………ぇ?」」」」」」
「雪に埋もれておりますが、皆自分の家の地下にある批難場所に逃げ込んでいるそうです」
ぽかん、と間抜けにも口を開けたまま、私はフィーアを見る。
つ、つまり……被害はない…?
いや、家屋の被害はあるけれども…
「………ラファエル……ルイス……」
「い、いや、俺達もそんなこと聞いた事ないし!」
「………恐らく、報告が来ても王がもみ消していたのでしょう」
………ぁぁ…、と全員が納得してしまうのも、可笑しな話だ。
みんな微妙な顔で見合わせていると、ざくざくと雪の上を歩く足音がした。
「おや……そこにいるのは……」
「あ、お義父様! ラファエル様とソフィア様が駆けつけてきて下さいました!」
「なんと! これは遠いところをわざわざありがとうございます」
初老で、見るからに穏やかな顔をした、会議で見覚えがある男性がそこにいた。
この人がアシュトン公爵…
「アシュトン公爵も無事だったか」
「はい。ご心配をおかけしたようで。いつものことでしたので呑気にしておりましたら、息子が走って行ってしまいまして……」
チラッとアシュトン公爵がアルバートを見、アルバートが罰の悪そうな顔をして顔を反らした。
「説明が足りず、申し訳ないです。毎年この時期は雪崩が起きますが、王に報告しても手は借りられませんでしたので、今回も報告するという基本を忘れていた我らも悪かったです」
「いや、こちらの不手際だ。人手の検討するよ」
「有り難いです」
私は埋もれている屋根を見る。
「………地下には備蓄はいかほどですか?」
「3月分は常に置いておくようにと伝えております」
「………成る程……」
「ソフィア?」
「それ程の備蓄を、源泉で腐らせるわけにはいかないですね」
私の言葉に、ラファエルはハッとする。
「北の生存者が多かった理由もそれですか?」
「………成る程。ソフィア様はとても賢くていらっしゃる」
「いえ……ぁ、これは失礼しました。サンチェス国第一王女、ソフィアと申します」
ハッとして、まだ挨拶を正式にしていないことを思い出す。
「こちらも失礼致しました。現在アシュトン公爵家の当主をさせて頂いておりますスノー・アシュトンと申します」
雪の公爵!!
………こほんっ。
思わず、そのまんまじゃん、と言ってしまいそうになった。
「この度は私の侍女を養子として頂き、ありがとうございます。お礼が遅くなりまして」
「いえいえ。私ももう年ですし、妻にも無理はさせられません。ですが、フィーアが我が家に来てから、妻の笑顔が増えましてなぁ」
嬉しそうに目尻にシワを寄せる公爵は、本当にフィーアを受け入れているのが分かった。
「なのにもう嫁に出すのかと妻に泣かれましてな…婿を貰うんだと何度言っても信じてもらえなく…」
「まぁ……それ程フィーアを好いてくれて、わたくしも嬉しいですわ」
和やかに話していると、ラファエルが咳払いをする。
「取りあえず先に住人を救出しよう」
「ぁ、申し訳ございません。早く出してあげなきゃですわよね」
「ぁ、ぁの、申し訳ないですが、この人数では数日かかると…」
アシュトン公爵が私達を見て言う。
「大丈夫ですわ」
「うん。大丈夫だよ。住人が埋まっていないなら、雪崩を掻き分けて探す必要ないからね」
私とラファエルは火精霊とレッドを呼んだ。
「火精霊、家屋は避けて雪だけ溶かして」
「レッドもね」
『『了解』』
火精霊が周りにいる火属性の精霊も呼び寄せて、雪崩を一気に力で溶かしていった。
それをポカンと眺めるアシュトン公爵が可愛く、思わずクスリと笑ってしまったのだった。




