第491話 事件でした
王宮へ戻った私達。
オーフェスにボロボロにされたアルバートが床に転がっている。
………あれだけ騒いでた巨体の男が、ボロ雑巾みたいになっている…
ラファエルは私の隣に座って、私の腰を抱いている。
足を組んでモデルみたいにバランスがいい。
腰を抱いてない方の腕は肘掛けについて頬杖。
相変わらずイケメン格好いいな。
「………ソフィア様……現実逃避してるだろ……げほっ……」
あ、アルバートが復活した。
「………あれだけ騒いでた理由を知りたいんだけど?」
「はっ!!」
思い出してくれてなにより。
ガバッと勢いよくアルバートが起き上がった。
「アシュトン公爵領に積もっていた雪が雪崩を起こして、近隣の村や街が埋まって――」
「「それを早く言え!!」」
「何床に這いつくばってんだ!!」
「い、いや、オーフェスが…」
こうしてはいられないと、私達は北へ行く準備を始めることとなった。
重大なことの報告を後回しにしたアルバートをオーフェスとジェラルドが足蹴にしている。
それを尻目に私はソフィーに厚着させてもらう。
ラファエルは寝室に走り込んで行った。
「今回も氷精霊に乗せてってもらう! 火精霊は先に行って上から被害状況を見ていて!」
『了解』
火精霊が出て行った。
「ソフィー! 精霊使用人で、物理的に力が強い人何名か連れてきて! 救出用に! 抜けた分のフォロー配置も手配!」
「畏まりました!」
ソフィーが出て行く。
精霊は各自で飛んでいけるだろう。
「ラファエル、ルイス連れていける?」
「臣下に引き継がせてくるように伝えさせた」
ラファエルも着替え終わって戻ってきたときに聞くと、そう返事が返ってくる。
精霊臣下がいるから大丈夫だろう。
ソフィーとルイスが来るのを待っている間、ラファエルが私の手を取って何かをはめた。
「………温かい…」
「俺のお古で申し訳ないけど」
苦笑しながら言われるけど、ラファエルの匂いがするソレは嬉しかった。
ソレは黒の手袋だった。
「ううん。私コレがいい」
えへへ…と嬉しくてだらしがない顔になってしまう。
「………ソフィア可愛い」
そしてラファエルに抱きしめられる。
もはやコレがお約束である。
「………一応緊急事態なんだが…」
「………お前の報告の仕方がアレだったからな。それにソフィーとルイス様待ちだ。見なかったことにしろ」
………うわー。
何か言われてる。
でもすみません!
緊急事態ですよね!!
「ら、ラファエル…」
「だって、アルバートのせいでデート中止だし。あの場でさり気なく近づいてきて、耳元で報告してくれたらわざわざ王宮に帰ってきて無駄な時間、過ごさなくて済んだし」
「うぐっ……!!」
………そうだね…
温泉街から王宮へ帰ってきて、さらにアルバートの報告を聞くまで、最低でも1時間は余裕で経過している。
ソフィーとルイス待ちだから、更に時間が開く。
そして抱きしめられているから、私だけが気付いているだろう。
ラファエルの身体が震えていることに。
おそらく彼の頭の中には、雪崩に巻き込まれた民達の安否が分からなくて不安だらけなのだろう。
だから軽口を言わなければ、すぐにでも飛び出していく自分を抑えられないのだろう。
少しでも彼の不安を取り除ければと、私は彼の思いに応える必要がある。
アルバートに、従者に、呆れられようとも。
「………ソフィア…」
「………大丈夫。一緒に行くから……ちゃんと民を助けるから…」
「………うん」
小声でやり取りする私達の言葉は聞こえていないだろう。
「………協力お願いするよ」
「………任せて」
私達はそっと微笑み合った。
それはお互いに、とても弱々しい笑顔だったけれど、私達は何も言わずに身体を離した。
………全員、ちゃんと助けられたら…
そんな思いは、アルバートの報告が後手後手になっていて、無理なことは分かっていた。
確か雪崩に巻き込まれた人間の生死を分けるのは、15分だと聞いたことがある。
アルバートが向こうを出発して、私達の元へ来た時点で、とっくに過ぎていただろう時間。
けれど、願わずにはいられなかった。
民達本人と、ラファエルの為に。




