第487話 大事なのは裁くのではなく
ラファエルと公爵がいる談話室についた。
入室するとすぐにラファエルが近づいてきて手を取り、私をソファーまで導いてくれる。
「ありがとうございますラファエル様。お久しぶりです。エイデン公爵」
「お久しゅうございますソフィア様。この度は我が領地の子供が大変な失礼をしてしまい、申し訳ございません!!」
ソファーに座りながら、私は首を横に振った。
「いえ。わたくしも注意が足りませんでしたので。対応はラファエル様に一任しますわ」
「………」
ラファエルにチラ見された。
だって、私は子供のしたこととして注意だけでいいと思うけれども、それでは立場が許さない。
ランドルフ国内のことで、未就学児だもの。
王女の私が害されたって言っても、サンチェス国王家が裁くことではないでしょう。
「ソフィアがお披露目されてない今では仕方がないかもしれないが、服装で自分たちと違う立場だということをしっかり見分けられるように、子供達には徹底させておくように」
「はっ!! 寛大なお心遣い、ありがとうございます!!」
「――寛大、ねぇ。2度目は絶対にないぞ。なにせ、ソフィアよりソフィアの従者が激怒している」
………ぁぁ。
さっきから談話室に充満している殺気は、私の従者によるものか。
「ラファエル様」
オーフェスが口を開いた。
………ぁ、これはマズい。
「なんだ」
「恐れながら、それでは緩すぎます! ソフィア様だけではなく、サンチェス国も馬鹿にされ――」
「オーフェス!」
最後まで言わせず、私は名を呼んで言葉を途切れさせた。
「確かに彼らの行動は咎められることでしょう。けれど、あの子達はわたくしの立場を知りませんでした。故意ではない以上、必要以上の刑罰は逆に民のためになりません」
「ソフィア様…」
「甘いと言われるかもしれませんが、せっかく助かった命です」
ハッとしてオーフェスは視線を反らした。
「ランドルフ国民の――国の未来を担う子供達を、減らすわけにはいかないのです。ラファエル様も、2度目はないと仰いました。ですから、今回は目を瞑って下さい」
「………畏まりました」
私とオーフェスのやり取りを見て、公爵はまた頭を下げた。
「………教育を頼むよエイデン公爵」
「心得ました!!」
低い声で締めたラファエルに内心苦笑する。
「この件はここまでにしよう。本題に入るよ」
「はっ!」
………そういえば、ここに来る目的は聞いたけど、まだ何かあるのかな?
「道の整備は半分、ってとこだね」
「はい。石を等間隔に切断するのが思いの外時間がかかりまして」
「そう。良くやってると思うよ。引き続き宜しく頼む」
「畏まりまして」
私は2人の会話を、毒味を済ませたお茶を飲みながら聞いていた。
毒味しなくてもいいと思うのだけれど、ここに来るまでにトラブったから、ここの侍女も信用できないと、ソフィーが毒味をした。
ソフィーは精霊だから毒効かないしね。
「新食物の研究はどう?」
「それは色々試行錯誤しているのですが、お恥ずかしい話で、全然成果がないです」
「そうか…」
ラファエルが考え込み、チラッと見られる。
………それは、アイデアを求めてますか……?
いくら私でも食べ物を1から作る事なんて……
………ぁ。
私はソフィーの方を見て、ソフィーが頷いた。
サンチェス国の精霊なら種から作れるかも。
サンチェス国では気候のせいで作れなくても、こっちでは作れるかも?
「ラファエル様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか? サンチェス国で育たない食物の種を、今度お兄様に送ってもらいますわ」
「ぁぁ、それはいいね」
ニッコリ笑ってるけど、絶対そうなるように誘導したよね……
私は内心苦笑する。
「ソフィア様、宜しくお願い致します!」
「はい。エイデン公爵もお仕事頑張って下さいね」
「勿体ないお言葉です!!」
子息の罪が明らかになってから、努力しているのだろう。
私にまで頭下げて…
信頼を取り戻そうとして、必死なのは分かるけれど…
「………エイデン公爵」
「はい!!」
「………肩肘張ってると、上手くいくものも上手くいかなくなりますわよ」
「え……」
「研究も、リラックスして行った方が効率が宜しいですわ。しっかりと休息も取って下さいませ。――部下の方々も」
並んでいる使用人も、公爵自身も、目の下が濃い。
しっかり休息を取れていないのだろう。
「ラファエル様も鬼ではありませんわ。休まず働けとは言われていません。効率を重視するのでしたら、休んで下さいね?」
「そうだね。倒れるまで働けなんて言ってないし。心身共に余裕を持ってなければ、大事なことを見逃すよ」
「ラファエル様……ソフィア様……っ!! 有り難いお言葉、ありがとうございます!!」
今度は公爵だけでなく、使用人達まで一斉に頭を下げてきた。
こ、怖い……
………こほんっ。
「ラファエル様もですわよ?」
「………ぁ、飛び火してきた」
「自覚お有りでしたら、ラファエル様もちゃんと時間通りに休んで下さいまし!」
「分かったよ」
苦笑しながら了承するラファエルに、私は満足して頷いた。




