第468話 失敗した ―R side―
聞こえるかどうかの声で、俺に謝って眠りについたソフィア。
………いや、気を失ったのかもしれない。
自分のせいで、ソフィアが不安定になった。
俺は何を失敗した?
ソフィアの何を見逃した?
「ラファエル殿、取りあえず一旦ソフィアを寝室に寝かせてくれる?」
「あ、うん」
レオポルド殿に抱かれているソフィアを、起こさないようにそっと受け取り、寝室へ向かう。
「君達もご苦労様。ごめんね、ソフィア寝ちゃったから」
「大丈夫です。起きられたときにまたご用意しますので」
ソフィアの侍女達が戻ってきたらしい。
レオポルド殿が用意させた物が無駄になってしまったな。
ベッドにソフィアを寝かせたとき、一筋の涙が頬を流れるのを見た。
………俺が、ソフィアを泣かせた…
一瞬拭うのを躊躇い、けれどそっと起こさないように指でゆっくりと拭った。
謝罪を口にしようとして、それはソフィアが起きた時と思い、開いた口を閉じて戻った。
「レオポルド殿……」
「ああ、横にならせた?」
「………ソフィアは…」
「大丈夫大丈夫」
ひらひらと笑いながら手を振るレオポルド殿に、少しイラついてしまった。
ソフィアが泣いたのに、大丈夫なはずがない。
眉を潜める俺を見ても、レオポルド殿は笑ったまま。
「本当に大丈夫だよ。気分転換できずに溜まりに溜まった鬱憤が爆発しただけだから」
「………」
「まぁ座って」
レオポルド殿に促されて、俺は対面のソファーに座った。
ソフィーが素早くお茶を煎れて出してくる。
「ソフィアがお転婆王女だって、ラファエル殿も知ってるでしょ」
「………まぁ」
「ある程度気分転換に外に出てたら大丈夫なんだけどね。今回は血族から受けた屈辱が、ソフィアにとって耐えがたかった。外に出たら気分も落ち着いたんだろうけど、俺も来ちゃったからね」
「………そう」
俺が子供達に会えって言ったから…
別に子供達の刑を軽くしようと思ってたわけじゃない。
でも、ソフィアの従兄弟に当たる子達だから、話したいかと思っただけだ。
………それが、余計なお世話だったんだな。
最初に会いたいかどうか、話したいかどうかを聞けば良かった。
仕事が立て込んでたからって、一番大事なソフィアを蔑ろにしてしまった。
「外で走り回って鬱憤を晴らしてたんだろうけど、まだ足りなかったみたいだね」
「………俺は……」
「大丈夫。起きたらいつものソフィアに戻ってるよ」
「………何でそんな事言える?」
何故そんな簡単そうに言うのだろうか。
俺がソフィアを泣かしたのに。
俺を責めないのか。
「昔からたまにあったんだよ。暴走することが」
「………暴走って…」
「でも寝て起きたらケロッとしてるから。今回も大丈夫だよ。「なんであんな事で怒ってたんだろう…?」って、毎回不思議そうな顔をしてるから。こっちが聞きたいよって言いたいぐらいに本当に普通に戻ってるんだよ」
ソフィアの兄であるレオポルド殿が断言するぐらいだから、本当のことなんだろう。
俺はそっと目を閉じた。
「………じゃあ、俺はソフィアが起きたとき、謝らない方が良い…?」
「そうだね。蒸し返さない方が良いよ。いつも通りにしておけばそれでいい」
レオポルド殿を見て、スッとソフィーに視線を移すと、俺と目が合ったソフィーはゆっくりと頷いた。
ソフィーはソフィアの半身――ソフィアと同じだった存在だから、それこそ間違いないだろう。
「ラファエル殿が今度からソフィアに事前確認すれば済む話だよ」
「………気をつける」
「うん。血縁者って言っても、ソフィアが大事に思ってるのは俺だけだからね。父上と母上はまだソフィアの中でラファエル殿より下だし」
………ん?
「あの2人は昔からソフィアを放っておきすぎたからねぇ…もうちょっと愛情を表に出さないと。ラファエル殿に勝ってるのは俺だけだしね」
「ちょっと待って。聞き捨てならないんだけど?」
「なんで怒ってるの」
キョトンと見られても全然可愛くないからな!?
男に可愛いとか思わないし!!
「レオポルド殿は俺より下だから!! ソフィアの1番は俺だから!」
「うっわ。自惚れってそこまでいくと引くよね」
「いやいや!! ソフィアが言ってくれてるからね!?」
「それは婚約者だからだよね。ちゃんと俺とラファエル殿、どっちが上か聞いたの?」
「そ、それは……」
思わず言葉に詰まってしまったけれど、ハッとして首を横に振る。
「って、そんな事聞かなくても当たり前だし!!」
だってソフィアはちゃんと俺が好きだって言ってくれてるし!
レオポルド殿はたまにソフィアに嫌そうに見られてるでしょ!!
そう言えば、ニヤニヤと笑ってレオポルド殿に見られる。
「な、何……」
「いや? 気分上昇したかなぁと」
「………ぁ……」
思わず立ち上がってしまっていて、恥ずかしさを隠しながら座る。
レオポルド殿に手の平で踊らされたような気分で、気まずく誤魔化すようにお茶に口を付けた。




