第467話 どうしちゃったのだろう
「まったく。ちゃんと王女っていうこと自覚して欲しいよねソフィアは」
ポンポンと何故かラファエルに怪我の消毒をされながら、小言を言われる。
けれど私はストレス発散したおかげで、気にならなかった。
「ちょっと聞いてるのソフィア?」
「聞いてまーす」
「………聞いてないね」
思いっきりため息をつかれる。
「あ、ごめんフィーア。汚れた服の洗濯をお願い」
「心得ております」
まぁね。
侍女達にも呆れ顔を向けられてますけれどもね。
気にしなーい。
「ソフィア」
少し強めに呼ばれ、私はラファエルに視線を戻した。
「ソフィアの身体はソフィアだけの物じゃないんだから、ちゃんと大事にしてもらわなきゃ困るんだよ」
真剣な顔で言われ、私も茶化していた雰囲気を無くす。
「………大事大事って、サンチェス国の貴族に馬鹿にされている私が?」
「ソフィア…」
………だから嫌だったのよ。
暗い感情を思い出すのが。
忘れていた――胸の奥底に沈めていた怒りが込み上げてくる。
ランドルフ国の貴族に馬鹿にされているのは、仕方がないと割り切れる。
けれど、自国の貴族に――親族に馬鹿にされてまで、自分らしさを我慢しなければならないわけ?
昔から知っている……笑顔を向けてくれていた、可愛がってくれていた叔父様に軽んじられた、侮辱された私の気持ちは……どこへぶつけたらいいのだろう…
「ラファエルだって、私が馬鹿にされるって分かっててあの子供達に会わせたんだよね?」
「え……」
「あの子達の態度は最初から王女に向けてじゃなかったのにも関わらず、処分を軽くするためだけにあの子達に謝らせるようにしたんじゃないの」
「ソフィア、それはちが――」
パシッと伸ばされたラファエルの腕を、私は払った。
私の臣下達が一斉に息を飲んだのが分かる。
「私の立場が生まれたときから決まっていると分かっているよ。だから努力もするよ。でもね、公式の場で馬鹿にされて、ラファエルにも会えなくて、イラつく気持ちを発散させに行かせてくれないってことは、私に籠の中の鳥のままでいろって事でしょ!」
ストレス発散できたことと、ラファエルに怒っていたこと、ディエルゴ公爵とその子供に怒っていたこととは別物だ。
あの時まだ私は、ラファエルに会えればそれで気が済んだと思う。
どういうつもりだったかも聞いて、溜飲を下げられたと思う。
どこにも吐き出してはいけない立場で、唯一の拠り所に会えないなら、他のことで発散させるしかない。
臣下達にも吐き出すことを禁止された私は、一体どうしたらよかったのか。
ローズに泣きつけとでも?
彼女にバレたら、取り返しの付かないことになる。
ローズの立場上、お父様に報告せざるをえないから。
そうなったらもっと大事になって、公のことになってしまう。
「………私の中に溜め込んで……溜めて溜めて……壊れろって事……?」
「ソフィア、それは違う! ごめん、あのね――」
「私は王女だから我慢しろっていうことでしょ! 分かってるよ! 分かってる! 分かってるけれども!! ――私に暴走の理由を作らせないでっ!!」
真っ黒い何かが私の中に渦巻いている。
その原因は分かってる。
私の負の感情に、精霊達が引きずられてるんだ。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
私は大丈夫。
我慢する事なんて、サンチェス国で何度もあった。
――ぁぁ、なんでだろう。
なんで今更こんな事になってるんだろう。
分かっていたことに今更振り回されている。
ちゃんと外で走って、ストレス発散したじゃないか。
負の感情に囚われるな。
私は王女であり、私なのだから。
「………はぁぁ……」
私は顔を手で覆って、大きく息を吐いた。
出てこないで。
大丈夫。
大丈夫だから。
自分を落ち着かせ、精霊を落ち着かせていると、そっと肩を抱かれる。
「はい、ソフィア落ち着いて。ソフィーは水、フィーアは毛布、アマリリスは何か糖分の取れる物を」
「食べやすい甘味をお持ちします」
耳元で優しいお兄様の声がした。
………ぁれ……お兄様いつの間に…
肩を抱いていない方の手で、ゆっくりと背を撫でられる。
「大丈夫。大丈夫。ソフィアは間違ってないから。大丈夫」
何度も優しい声で囁かれ、私は強張っていた身体から力が抜けていく。
「お、にぃ、さま……」
「ん。いいよ。眠りたかったら寝て良いよ。いっぱい運動したもんね」
「………ラファエル……ごめんなさ――……」
意識を失う前の私の言葉は、唖然としているラファエルの耳に届いたかは分からなかった。




