第466話 やっぱり大事です
頬杖をついてくるくるとペンを回す。
行儀が悪い、と言ってくる侍女は今いない。
私が用を言いつけて全員出払っているから。
突っ込んできそうなオーフェスとヒューバートは、壁で直立中。
………さっきからみんな顔色が悪いんだよね。
私の冗談は通用しないのかしら。
「………やっぱり今からでも外出しようかしら…」
「ソフィア様!」
「………はぁい…」
怒られた…
そこは注意するんだ。
「………はぁぁ……」
ソファーに身体を全て預けて天を仰ぐ。
………今ほどこの立場が不自由だと思ったことはない。
気軽に外に出られないことが、こんなに苦痛だとは…
気分転換するのも、色々な障害があって困る。
学園に行くことも、気分転換になっていたんだと知る。
外に出るだけでも気分が変わるのに。
………ぁ~もぅ――いいや。
「オーフェスとヒューバートは、さっきの部屋に行って、ラファエル達の様子を見てきてくれる?」
「え……」
「ですが……」
「アルバートとジェラルドだけでここはいいよ。何もすることないんだから」
私が視線も合わせずに言えば、2人はそっと出て行った。
「………行った?」
「行ったよぉソフィア様。やるのぉ?」
「は?」
よっ、と身体を起こして言うと、ジェラルドが笑顔で答える。
アルバートは私とジェラルドを交互に見て戸惑う。
私は寝室に行き、未だに着ていた制服を抜いてジャージもどきに着替える。
戻るとジェラルドが準備万端にしていた。
窓からシーツを垂らしている。
勿論ジェラルド用ではなく、私用だ。
「な、何すんだよソフィア様!?」
「何って…」
ジェラルドと顔を1回見合わせる。
「「鬼ごっこ」」
「は!?」
「行くよぉソフィア様ぁ」
「はぁい」
私はシーツを躊躇なく掴んで部屋から脱出した。
「ちょ、お、おい!!」
「アルバートも一緒に遊ぼぉ!」
「お前はソフィア様を止める側だろ!?」
「俺はぁ、ソフィア様と遊ぶためにソフィア様の騎士になったんだよぉ?」
「マジな話だったのかよ!?」
アルバートはジェラルドを過大評価しすぎだよ。
ジェラルドの性格考えたら分かるでしょうに。
私は地面に降り立つと同時に走り出した。
王宮の庭で鬼ごっこ。
身体を動かすだけでもストレス発散だ。
それも許可しないようなオーフェスとヒューバートは、今は邪魔なんだよね。
「ほら、ソフィア様行っちゃったよぉ?」
「お、前は!!」
ジェラルドは笑顔で、アルバートは焦って、私の部屋の窓から飛び降りた。
2対1は不利だなぁ。
まぁ良いけど。
『姫は突発過ぎて困ります』
『それが姫様だよぉ。最近大人しすぎたよ』
姿は見えないけれど、ライトとカゲロウの声がする。
『お転婆姫様が大人しくしすぎて爆発しちゃう寸前だったんだから、たまには良いんじゃない?』
『カゲロウは仕事が欲しいだけでしょう』
『俺だけ最近仕事なくて普通のご飯しか食べてないんだよぉ』
『食事が出来るだけ良いと思いますが』
『やだ! たまには豪華なご飯食べたいよぉ!』
………ぁぁ、ごめんねカゲロウ。
ディエルゴ公爵家に出したのはライトだったから、ライトだけ褒美があったんだっけ。
次はカゲロウに仕事を与えよう。
「ソフィア様みぃっけ!!」
ヒュンッと顔の傍をナイフが飛んでいく。
………刃を潰しているだけマシだけどね!!
「ちょ、危な!?」
「あはははっ!」
「おいジェラルド!!」
3人3様で、王宮内の小規模な森の中で走り回った。
小一時間も走り回っていれば、私は当然動けなくなることになるのだけれど。
ガッと足を木の根に引っかけてしまって、王女として――淑女としてはありえなく、顔面から地面に突っ込むことになった。
「いったぁ!!」
「「ソフィア様!?」」
慌てて駆け寄ってくる2人に構わず、私は身体を回転させて仰向けになる。
体中がヒリヒリする。
これは何カ所か擦り切っただろう。
「あはははっ」
何もかもがどうでも良くなって、私は笑い転げた。
「ソフィア様ぁ、大丈夫ぅ?」
「痛いとこないか!?」
「大丈夫」
笑いながら言うと、2人ともホッとする。
「あ~スッキリした!」
地面に転がったまま両手を上げると、2人も笑った。
やっぱりストレス発散って、大事だよね。
モヤモヤした気分がスッキリだ。
「「――それはよろしゅうございました」」
「「あ……」」
そこにざくざくと足音を立てて、笑顔のオーフェスとヒューバート登場。
2人の表情にアルバートとジェラルドが固まった。
「あ、ラファエルとお兄様の話し合いはどうだった?」
「………気にするのはまずそこですか」
「そこだけでしょう? だって私それを知りたくて2人を出したんだし」
「絶対に嘘ですよね? 外で遊ぶために私達を出しましたよね!?」
ご名答。
でも、それを悟らせたらいけない。
説教が待っている。
「そんなわけないでしょう? 暇だから出てきただけよ」
私の言葉に、2人は盛大なため息をついた。
失礼だな。
主に対する態度じゃないね。
「お部屋でご説明します。まずはお戻りを」
「はぁい」
起き上がろうとして気付く。
「………オーフェス」
「はい?」
「抱えて行ってくれると嬉しい」
「「「「………」」」」
全員が呆れた目を向けるのは止めて欲しい。
久々に全力で走って足はガクガクだし、身体は擦り傷で痛いしで、自力では動けそうになかった。
オーフェスが私を姫抱きした直後――
「いくらソフィアの騎士でも、俺のソフィアに触るのは遠慮しようか」
ラファエルが現れたのは、もはやお約束としか言えなかった。




