第437話 集中して欲しい
ざわざわと人々の声がする。
それを嬉しそうに眺めるラファエルに、私も嬉しくなる。
「前にも増して笑顔が増えてますね」
「そうだね。これもソフィアのおかげだよ」
顔を見合わせて微笑み合う。
今はラファエルが誘ってくれた放課後デート中だ。
堂々と手を繋いで城下街を歩く。
数メートル後方にはラファエルの影と影’sがついてきてくれているだろう。
「あ、甘味店に行列が」
ラファエルの甘味店2号の入り口から道へと、長蛇の列が出来ているのが目に入った。
「いい具合だよ。特に問題も起きてなくて、利益は上がる一方だよ。行商人から噂が噂を呼び、他国の来国者が増えてるって」
「よかったですわ」
「ソフィアが言ってた小物類も、温泉街の売上を見て、アンドリュー公爵がもう少しで重い腰を上げそうだよ」
「では、城下街でも、小物を売ることが出来るのですね!」
「うん。中々南の方の民は温泉街へ行くのは苦労するから。近場に作れるのは良いことだしね」
ラファエルが嬉しそうに話すから、私もアイデアを出すのに気合いが入る。
次は何が良いかなぁ?
「………ソフィア、ルイスとローズ嬢のことなんだけど…」
「………ぁ…うん…」
忘れていたわけではないけれど、せっかくのラファエルとのデートが…
………ちょっとくらい、我が儘言ってもいいのかな…?
「何か良い案ない? ルイスに強制的に命令しても、今までが今までだから、叔父の顔されて断られる可能性もあるんだよね」
………今ぐらいデートに集中したいとは言えなくなってしまった…
「………」
そんなもの、ローズに一言言ってもらえたら解決すると思うんだけれども。
ローズの公爵令嬢としての強気な態度で。
今はなりを潜めているけれど、強引なところももつローズだから、誘う勇気さえあれば出来ると思う。
相手が大人の男性だから気を使っているのだろうけれど。
ルイスもルイスで、ローズが理解ある、ではなくてちょっとは気にして欲しいけれど。
………っていうか、なんでラファエルがローズの事を心配するの、ってちょっと嫉妬もある。
「ソフィア?」
「………分かってます。ちゃんと対策考えます。ラファエル様、帰りましょう?」
「え、まだ来てからそんなに経ってないでしょ? もうちょっと足を伸ばそう?」
「………」
ラファエルはちゃんとデートだとは覚えているらしい。
でも、ルイスとローズの話でデートが終わりそうなんだもの。
私達も数少ないデートの時間。
楽しみにしていた分、これ以上ガッカリしたくない。
「ラファエル様」
不意に現れた男性が、ラファエルのすぐ背後で立っていた。
いつの間に…
………ラファエルの影?
それとも騎士かしら?
「………どうした」
耳打ちで囁かれるラファエルの表情が、みるみるうちに青くなっていく。
何!?
何かトラブル!?
と、私が焦ってしまうと同時に、男はすぅっと静かに離れて人混みに紛れていった。
「………こほっ……」
何故かラファエルが今度は赤くなって咳払いをする。
………ほ、ほんと、何?
「行こうかソフィア」
「え……」
ラファエルが少し強めに私の手を引き、歩き出す。
「ら、ラファエル様? お仕事では…」
「ううん。ちょっと反省しろって説教」
「え?」
「ソフィアは何が見たい? 欲しいものあったら言ってね。安いものなら受け取ってくれるんでしょ?」
「は、はい…」
ラファエルの顔に笑顔が戻り、私は首を傾げながらも了承する。
一体何を話されたんだろう…
前を見つめるラファエルの顔を見上げて、次いで後ろをそっと見てみると、さっきの男ともう1人の男が見え、互いにホッとしているような顔をしている。
………何なんだろ…
思わずガン見してしまい、男達と目が合いそっと微笑まれる。
………ぁ、もしかして、私の心情を理解して、ラファエルを嗜めてくれたのだろうか?
そっと頷いてみると、2人は微笑んだままお辞儀した。
………やっぱりか…
ふとラファエルに視線を戻すと、ラファエルが私を見下ろしていた。
気まずそうな顔で。
「………ごめん、ソフィア。デート中にいらないこと言って。楽しみにしていたデートなのに、俺が空気悪くした」
「い、いえ。わたくしも気にはなっておりましたから」
ラファエルもそれに気付かないほどに、ルイスとローズの事は寝耳に水だったのだろう。
気になって当然だ。
「帰ってから考えることにして、俺もソフィアもデート楽しもう?」
「はい」
ラファエルが困ったように笑うから、私は満面の笑みを浮かべて頷いた。
帰ったら全力で対策を練るから、今はデートに集中だ。
そうと決まれば、と私は逆にラファエルの手を引いて走り出す。
「わ!? ソフィア!?」
「楽しむのでしょうラファエル様? では、わたくしに集中してもらいますわ!」
学園の制服を着ているから、多少現世のように羽目を外す学生を演じても、許容されるはずだ。
後方の護衛達が慌てる様子が見えたけれども、私は笑って走った。
するとラファエルも笑顔になって一緒に走ってくれる。
そのまま私達は人混みに紛れたのだった。




