第402話 怖い ―F side―
そっとベッドに下ろされた。
取りあえず座らせてくれたけれど、身体が震えて支えられない。
「無理するな。寝とけ」
肩を軽く押されただけで、ベッドに仰向けに倒れてしまう。
「ソフィア様の殺気を受けたんだ。ただの貴族令嬢のお前が受け止められる訳ねぇさ」
アルバートの言葉に、私はハッと先程の姫様の視線を思い出した。
同時に痛みも思い出してしまう。
今までチップの事なんて、すっかり忘れていた。
発動条件はなんだったっけ…
姫様を命を守ること。
姫様を裏切らないこと。
貴族の責任を忘れないこと。
先程の言葉は、私が貴族の責任を忘れたことに当たるのだろう。
姫様のやり方に口を出したのだから。
………民を豊かにする税を、自分の欲で搾取している侍女達を庇ったのだから。
それは民を蔑ろにしていることに他ならない。
そして……姫様を裏切ることにもなる。
姫様と対峙してしまったのだから。
「お前は侍女だ。別にソフィア様に反抗する必要ねぇよ」
「アルバート……でも……」
「ソフィア様が間違っていることをしてるのを止めるのは、ラファエル様であり、ソフィーであり、俺ら騎士だ」
腕を組み、そうキッパリと言われる。
言外に、私は何もするなと言われている気がする…
「さっきのは、ラファエル様もソフィーも、ソフィア様を止めなかっただろ」
「あ……」
ラファエル様は表情を変えただけで何も言わなかった。
今思えば、あれは姫様の即決に驚いただけで、処分内容に驚いていたのではないのだろう。
ソフィーも何も意見を言わずに出て行った。
………あれが、正解だったんだ…
“王族”としての判断は。
そう、よね。
私がかけた慈悲は、貴族令嬢を思ってのことだった。
………かつての自分を重ねて…
そして、その自分を姫様に救って欲しくて…
………なんて傲慢なの…
「お前はソフィア様の支度や体調を気にしてやってくれや。その辺は俺ら男じゃわかんねぇから」
「………」
気落ちしたままベッドに潜り込んで息を吐くと、ぐしゃりと髪の毛を乱された。
「ちょ、アルバート?」
「落ち込むなや。ソフィア様は気にしてねぇよ」
「でも……」
「気にする女じゃねぇよあれは」
「………ちょっと、姫様を女呼ばわりは…」
「おっと。ついな。子供っぽいからさソフィア様は」
「こ、子供!?」
アルバートの言葉に目を見開き、つい起き上がってしまう。
「つか、我が儘? まぁ、それは置いとけ」
「………」
「睨むなよ。ソフィア様は自分のことを傷つけられても気にしねぇ。逆に俺らやお前が傷つきゃ滅茶苦茶気にするんだよ」
「それは……」
「だから、お前の仕事はソフィア様が思い詰めすぎてないか見ることだ」
アルバートの言葉に頭の中で考えていた事が全て飛んでしまった。
「意見は他の奴らに任せとけよ。ソフィア様を裏切らなきゃお前もアマリリスも命の心配はねぇよ」
「………でも、それは従者として…」
「こう言っちゃなんだが、お前ってソフィア様の何?」
「え……」
な、何って……
「侍女だろ? 王女の世話する係なだけだろ?」
………だけ、って……
ズキズキと胸が痛む。
わ、私は…姫様の身の回りの世話しか……役に立たない、の……?
「え、あ、おい!?」
「え……」
アルバートが慌て始めた。
どうし――ぁ……
ポタポタとシーツに落ちていく雫。
私は、泣いていた……
「す、すまん! 傷つけた!」
不器用に私の頬を拭うアルバート。
多分、彼は何故私が泣いてしまったのか分かっていない。
でもそれを説明する気力はなかった。
私はそっと瞼を閉じてアルバートに大人しく涙を拭ってもらっていた。




