第393話 何者なんですか ―La side―
ソフィア様の専属侍女フィーア様が筆頭侍女執務室に入室し、私に指示したけれど、私にはフィーア様――ソフィア様の望んでいるリストが分からない。
私はこの立場になったのは、ほんの数日前。
何処に何があるかなんて分かりはしない。
それに、一々資料を開いて見ても、何が何だか分からない。
「………わたくしが触っても?」
「あ……はい」
私が許可した途端にフィーア様が素早く動き、どんどん机の上に資料の山が出来ていく。
黙々と作業し、ものの数分で終えたと思えば、私を見てくる。
「ソフィア様は明日で良いと仰っておりましたが、貴女が使えない侍女だと印象づけないように、今から運んだ方がよろしいかと」
容赦ないその言葉に、私は思わずムッとしてしまう。
しまった……
私の顔を見たフィーア様があからさまに呆れてため息をついた。
「………ソフィア様と何があり、どうなったのかはおおよそ聞きましたが、あれは貴女が管理する侍女の暴走であり、ソフィア様に何ら咎がないことは分かっておりますよね?」
「っ………はい」
確かにカーラが行ってしまった行為は許されることではない。
だからあの時庇った。
言い訳などソフィア様に対して出来るはずない。
あの場は沈黙が正解だ。
これ以上侍女を減らされては、王宮の人員不足で行き届かない場所が出来てくる。
「ソフィア様がお優しいからこそ、処罰なしで済んだのです」
「承知しております」
「これ以上失態を見せないために、最大限努力するのは当然でしょう」
失態って……!!
私が失態してはいないのにっ!
「ご自分は何も失態していない、という顔ですね。確かに侍女の1件は、貴女自身が何かをしたわけではありません。ですが、事前に諫められなかった筆頭侍女である貴女の責任でもありますし、ソフィア様の望む資料を何も言われず用意できなかったのも貴女自身の失態ですよ」
「な、にを……そ、そもそもわたくしはこの地位について――」
「数日、ですよね」
何も感情がない目で見られ、息を飲む。
この人、知って…
「ですが、侍女が何の仕事をしているか、全て把握していなければ動けませんよね」
「え……」
「その為に必要な配属時間リスト。どの侍女がどの時間にどの場所で仕事をしているか。その日1日分の全員の配置を記憶していないと、伝言や荷を運んだり出来ませんよね? 本来は固定仕事ですが、ここの王宮侍女に固定仕事をさせていては仕事が滞る場所が出来ますから、固定はされておりませんよね。それと同時に休暇リスト。誰が休んでいて伝言が抜けてしまわないか把握しておかないといけません」
「あ……」
私はハッとしてフィーア様を見る。
………確かに毎朝確認して、自分の今日の仕事を確認していた…
今日○○が休みだから、別の誰かが…とか…
ここ数日の私の仕事でもある…何処に誰を配置するか頭を悩ませていた…
「買い出しに行く侍女もいます。ちゃんと指定分を購入して、合っているか。差額が戻っているか、私物購入分を紛れ込ませていないか。不正が行われていても、きちんと帳簿を付けていさえすればすぐに分かります。王宮に余分なお金など1つもありませんから、少し違っても後に大きな誤差になります。そのようなこと、ソフィア様が許せるはずもありません。王宮侍女はソフィア様の管理下です。不正がないかご自分の目でも確認される為に必要とするのは当然です」
「………はい」
言い返せる言葉などない。
今までランドルフ国のために改国案を出していたソフィア様が、私達の事まで首を突っ込んでくることは正直不満なのだけれど…
けれど将来のラファエル様の妃になった時、ソフィア様が侍女を管理する。
それが早まっただけだ。
それに……
「帳簿に不正があれば侍女の給金配布にも影響します。国庫は無尽蔵じゃないんですから」
「っ……」
「階級別の給金割当リストを確認し、きちんとそれ相応の給金を、ラファエル様とソフィア様が与えなければなりません。全ての王宮使用人の給金を計算し、それだけの給金を渡すためにお金を稼がなければならないのですから、ソフィア様は更に改国案を要求されることになるかもしれません」
………そうだ……
どうしてそんな当たり前のことを、私は知らなかったのだろう…
私の給金は……保証されているわけではないのだ…
ラファエル様とソフィア様が改国して下さっていなければ……私は今頃……
自分がココに今立っていること自体、奇跡的なことなのかもしれないのだ。
なのに、私は……
「王宮に出入りされている人物の把握できる王宮入門リストは、侍女が用意するよう指示されるもてなし商材の金額などにも影響しますし、解雇リストはそのまま王宮の人材減少数を把握し、新たに足りていない人材手配資料となります」
………あの短い間に、必要資料を直ぐさま口に出来るソフィア様。
そしてソフィア様の言葉を1つも漏らさず用意できるフィーア様。
おそらくソフィー様もアマリリス様も、同じ事が出来る…
あの場では見習い侍女のアマリリス様に敬称を付けたのは、嫌みで、だった…
けれども、ソフィア様のお心を知れた今、ソフィア様自身が望んで傍に置いている侍女を軽く見ることは出来ない…
ソフィア様が侍女にまだしない、見習いのアマリリス様より下……
見習い侍女以下なのに筆頭侍女だなんて……
重責に押しつぶされそうになる。
「すべて把握している事は、筆頭侍女に必要な能力ですよ。絶対に欠かせないものです」
フィーア様に冷たく見られる。
身体が冷たくなっていく気がする…
目の前にいるフィーア様は、元侯爵令嬢で…
没落貴族の令嬢だったのに、今はソフィア様に忠誠を誓っているとすぐに理解できてしまうほど、瞳は揺るぎなく真っ直ぐに私を見つめている。
今の立場に誇りを持っているのだろう。
………これが、王族に認められる貴族、なの…?
だからすぐに公爵家へ養子縁組されて、堂々とソフィア様のお傍にいられるの…?
その場に座り込んでしまいそうになるほど、目の前の人が……そして、こんな人を何の躊躇もなく傍におけるソフィア様が……怖い…
………どう、して…
どうして…今までソフィア様は侍女に何も言わなかったのだろうか。
優秀な侍女をお持ちのソフィア様なら、ランドルフ王宮侍女のレベルの低さに呆れかえっていたはずなのに…
気付いていたなら何故、今まで何も指摘してくれなかったのだろうか。
そうすれば……そうすれば、今こんな事になることはなかったはずなのに…
まだ侍女が多く残っていたかもしれないのに…
私も、こんな立場になっていなかったのに…
……贅沢していた貴族令嬢など…その中の1人である私も……ソフィア様の考えに少しもかすっていない。
贅沢な生活のために王宮侍女になる貴族令嬢も、ただ行儀見習いで王宮に来る貴族令嬢も、自分の給金の出所である国庫のことすら考えてなかったのに。
サンチェス国の貴族も、ソフィア様みたいに考えられる人なのかな…
ははっ……
………ソフィア様って……どういう人なのだろう…
………ソフィア様って……何者なのだろう…
「行きますよ」
フィーア様に促され、私は資料を持ってソフィア様の部屋へと共に向かった。




