第39話 喧嘩しました
「な、なんで不機嫌?」
久しぶりに私の前に姿を現したラファエル。
思わずジト目で見てしまった。
落ち着け私。
「お兄様に借金してすぐに返済して、更に利益で材料揃えられて、あの長蛇の列を捌けてるってどんな手使ったの」
あ、段々目が据わっていくのが自分で分かる。
そんな私を見て、ラファエルが眉を潜めた。
「………また外出たの」
「………へ?」
「長蛇の列が出来てるって知ってるし。捌けてるのも知ってるし」
今そんな話してないんだけど。
「だって心配だったし」
「………その悪気のない顔……もう……ちゃんと護衛付けてだろうね?」
「うん」
嘘だけど即答した。
だって、平民服で一人で出てたって言ったら怒られるの間違いないし。
「その返事ってことは、またお忍び行ったね? やっぱり首輪いるかな」
「いりません!!」
何故バレるし!
そんなに私が信用ならないか!?
睨んでいると、ラファエルがため息をついた。
………なんで、ため息…?
「………まぁ、またソフィアが外出するぐらいなら、疑問に答えた方が良いか…」
………ちょっとラファエルさん?
私が外に出ないように仕方なく教えるんですか?
普通に聞いたら隠したままだったって事?
………それは兄の言っていたとおり、王女が首を突っ込むことではない、と…?
………私は……役立たずという意味で取って良いのかしら?
もしそうなら……
ふと思い出す。
ランドルフ国でも、私には仕事という仕事がなかった。
ただラファエルの傍でお茶しているだけで……
私には何の情報も与えてくれなくて……
今と何が違う。
私はランドルフ国でもサンチェス国でも、ラファエルから何も聞かされてない。
最初から関わらせる気がなかった、ということに――
その結論に達し、私は顔を俯けた。
ラファエルの顔を見られなかった。
だって――腹が立ってきたから。
「あれは――」
「結構です」
ラファエルの言葉を遮って、私は首を振った。
「え?」
「王女の私には話したくないことだっていうのはよく分かりました。出て行って下さい。どうぞ、店を優先してくださいませ。私はこのままサンチェス国だけのことを考えますので」
「ちょ、ソフィア……?」
「ライト、カゲロウ。追い出して」
「「御意」」
サッと二人が降りてきてラファエルの両腕を拘束する。
「なっ!? ソフィア!? ちょっとどういうこと!?」
ラファエルの言葉に返さず、私は視線を外したまま返事をしなかった。
パタンとむなしい音が耳に入る。
………何が私の顔を見ただけで何を考えているか分かる、よ。
分かってないじゃない。
ラファエルの為に何かしたいって思ってる私の心が。
一緒に頑張って借金返したいって思っている心が。
私はラファエルの傍にいても、王女として座っているだけで良いって思ってるの?
………ぁぁ。
いま、唐突に理解した。
不思議だと思っていたことが分かった。
この世界の人間に温かさを感じなかった理由。
みんな、私を“王女”としてしか見てなかったからだ。
ただのソフィア
ではなく、
ソフィア・サンチェス王女
を見られていたからだ。
ラファエルに感じた温かさ。
初対面の時――あのダンスの時に感じた温かさ。
それは、無意識にラファエルが私に向ける感情を感じ取って温かく感じたのかもしれない。
実際ラファエルは私に好意を抱いてくれていた。
なのに――
「………冷たい」
不意に触れた自分の手が冷え切っていた。
カタカタ小刻みに震える体。
「………ははっ……」
乾いた笑い声が自然と、弱々しく口から出た。
私は、多分怖い。
力になれない自分が無力で。
いつかラファエルに捨てられるかもしれない、と思ってしまう。
それでももう離れられないところまで、深いところまで根付いている。
自分の心はラファエルに向いている。
王女らしく部屋にいろと言外に言われたように感じても。
勝手にそう判断してしまったけれど…
ちっとも恋心は揺らいでいなかった。
「………ぁ~……喧嘩、になるのかな……」
追い出してしまった。
自分は子供じゃないのに。
苛立った心を抑えられなかった。
「………子供か、私は…」
でも、腹が立つと同時に、悲しかった。
今思えば、何も出来ない、させてもらえない自分が不甲斐なくて…顔を見られたくないから、ラファエルを追い出してしまったのだろう、と分かる。
その証拠に、頬を伝う涙は止まりそうになかった。




